2015.07.25

運命の人との出会いかた ~◯◯がないと「運命の人と出会えない」~

運命の人に出会いたいという女子が多いからか、その手のコラムがWeb上で人気だそうです。どうやったら運命の人に出会えるのでしょうか。

運命の人の定義とは?

そもそも、結婚してもすぐに離婚する人が多い世の中で、なにをもって運命の人と定義するのがベターなのか、すごく困りますよね。

燃えるようなエッチをさせてくれる人? 気持ちいいエッチと一緒にお金も持ってきてくれる男子と出会うこと? なにが「運命の人」なのでしょ~か? 運命の人の定義、言えますか?

おそらく多くの人が「運命の人」の定義を理路整然と言えないはずです。
なぜか?
結果論だからです。
運命の人なんて言葉は、長年連れ添った夫婦が「まあいろんなことがあったけれど、この人が運命の人だったということね」(ずずずっと熱いお茶をすする)というふうに使うわけです。

あるいは、幸せの絶頂にいる、これから結婚するふたりが「Oh! ロミオ! お前が運命の人だったのね」みたいに使うわけ。
要するに結果論としての「運命の人」ということです。

運命の人との出会いかた

勘のいい人はもうお分かりかと思いますが、あとから「この人が運命の人だったんだ」と思えるような人と出会おうと思えば、まずは一生懸命恋することです。運命の人とは結果論である、というのはそういうことです。

テストで100点をとった、というのは、結果でしょう?
それは、その人が一生懸命お勉強したから、そういう結果が生まれた、ということでしょう?
恋もおなじです。
まずは一生懸命恋することでしか、「いい結果」は得られない。

一生懸命な恋ってなに?

いまどき、一生懸命なんて言葉、誰も信用していないかもしれないと思うので、過言しておきましょう。
一生懸命恋するというのは、じぶんの感覚(感性)を磨きつつ、いっぱい失敗するということです。
恋というのは、言ってみれば「ただの概念」です。

だって「恋を100グラム下さい」とは言わないですよね。概念だから言えないのです。
概念に対して真剣に一生懸命やるというのは、感性を磨くことであり、いっぱい失敗することにほかならない。
音楽を一生懸命するというのに似ているかもしれません。
音楽だって、「モノ」ではなく、ある種の概念です。

だから感性を磨いて、いっぱい練習をして、いっぱい失敗して本番に臨むわけです。
いっぱい失敗していれば、そのうち、ある日突然、感性が磨かれていることを自覚するにいたり、そのときには、これというパートナーがあなたのそばにいます。

もっと平たく言えば、失敗しないと運命の人に出会えない。
だから、後年、「(いろんな失敗もあったけど)この人が運命の人だったということね」……ずずずっと熱いお茶をすする……というふうになるわけです。

( )のところを言わないだけで、みんな恋の失敗をたくさんやらかして、やっとの思いで運命の人に出会うのです。
恋には「楽しよう」なんてこと、通用しないのかもしれません。

(ひとみしょう/ライター)
(吉次玲奈/モデル)
(柳内良仁/カメラマン)

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