2015.10.03

恋愛依存女子は淋しさとどう向き合うべきか

とくに若いうちは、淋しいから身近にいるひとと恋愛をするとか、セックスをするとか、そういうことがあるように思います。
オトナになれば、そういうことがなくなるのかと言えば、そうでもなく、淋しさを原動力に恋愛をしているひともたくさんいます。

ただ、若いころに比べて、淋しさの表現のしかたがうまくなるので、一見して淋しさを原動力にしていないように見える(自立しているように見える)オトナは多いように思います。
本当は淋しいんだけど、淋しくないふりができて、身のこなしがそれなりに見栄えがするものになる……オトナになると、そういうことが可能になったりするわけです。

淋しさを消そうと思わないこと

淋しいから恋愛をしたり、セックスをしたりしている女子のなかには、とにかくじぶんが抱えている淋しさをどうにかしたい、不必要に燃え盛っている炎をだれかに消してもらいたいと、必死になっているひともいるかと思いますが、淋しさはそう簡単に消えないようになっている。

だから、淋しさと真っ向から向き合う、いわゆる「VS」の関係ではなく、淋しさと並んで座って、おなじ方向を見る、つまり、じぶんが抱える淋しさを認める……こんな関係をつくっておいたほうがいいように思います。
なぜなら、ひとは死ぬまでいろんな種類の淋しさを抱え続けるから。

淋しいからセックスをするで、ぜんぜんOK

だから、淋しいから恋愛をするとか、淋しいからセックスをするというのは、ぜんぜんOKであり、淋しさを知らないひとに恋はできない。
淋しいという感情をたくさん胸に抱えていることが、ダサいと思っているから、淋しさとのVS構造が生まれ、淋しさをどうにかしたいとか、もっと自立したステキな女性になりたいと思うわけです。

淋しいという感情を抱くことは、ごく当たり前のことであり、それがなぜダサいのか?
説明できますか?

どうにかしようとするからダサい

淋しさをどうにか消したいと必死になっていると、どうしても身のこなしや生き方がダサくなる。
過剰に淋しさを抱えているからダサいのではなく、どうにかしようとするからダサいことになる。

だれもが死ぬまで抱える淋しさを、認め、受け入れるというところから、そのひとらしいやさしさが芽生えてきたリ、他者に対する思いやりが芽生えたり、多様性を認めることができる豊かな人間性が生まれる。

だから、淋しくて恋愛依存になっている女子や、淋しくてセックス依存になっている女子は、今しばらく、そのまま依存を続けるといいでしょう。
そうしているうちに、気がつくはずです。
どのていどまで、淋しいという気持ちを相手にぶつけると「ちょうどいい関係」ができるのか、ということに気がつくはずです。

100%淋しさを自己処理してしまえば、他者にうまく甘えることができないキツイかんじの女性になるし、100%淋しいという気持ちを彼氏に癒してもらっていたら、歳を重ねるごとに生きてゆくのがしんどくなってきます。

ものすごく自立しているように見える女性だって、裏では彼氏にいっぱい甘えて、彼氏にいっぱい淋しさを処理してもらっていたりするわけです。

だから、恋愛依存女子は、淋しさと向き合うのではなく、淋しさと並んで寄り添う関係をうまくつくったほうがいいのです。

(ひとみしょう/ライター)

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