2015.10.17

女子の「マイノリティな部分」にしか男子は食いついてこない

モテとはなんなのか? 今回はそんな漠然としたことを一緒に考えてみたいと思います。
ネット上には、モテる洋服のコーディネートとか、モテる女子のしぐさとか、そういう情報があふれかえっています。

不特定多数の女子が読むことを想定して書かれているコラムが多いので、蓋然性(がいぜんせい)を重視しているコラムが多いものです。

蓋然性というのは、いわゆる「あるある」みたいなもので、「最大公約数をとったときに、多くのひとが納得するであろうところ」です。メディアの宿命として、ウェブもテレビも雑誌も、発信する情報を選別する基準として、蓋然性を重視しています。

男子が好きになる女子とは・・・

でも男子が本当に好きになるのは、その女子のマニアックなところだったりします。
「あるある」ならぬ「ないない」を見ています。

たとえば、ほら、学校の先生で「いつもみんなにすごく厳しい先生が、あたしにだけは特別に優しかった」となれば、卒業してもずっと記憶に残っていたりしますよね?

恋愛になぞらえて言えば「彼はどの女子に対してもやさしい」というより、「彼はあたしにだけは優しい」というほうが好きになりやすいでしょ? ということです。

民族衣装でハチ公前に佇んだらどうなるのか?

先日、バリ島に住んでいる女性と会いました。彼女はもれなくバリの民族衣装のようなものを着て、待ち合わせ場所である渋谷のハチ公前に立っていました。

周囲から彼女だけ浮いていたのか? と言われたら、まあ浮いていましたが、とても彼女らしくて好感が持てた……ということがあります。

少々極端な例ですが、みんなが着ている**というショップの洋服ではなく、ちがうショップの洋服を着るとか、なんかまあそういうことところに、ひとは自然とそのひとらしさを見るものです。

そもそもモテるとは、どういうことなのか?

そもそも女子がなぜモテにこだわるかといえば、万人から愛されたいからではないでしょう?
たったひとり、好きになれる(好きになってくれる)男子にモテたらそれでOKという女子のほうが多いはずです。

もっと言えば「みんなちがって、みんないい」という言い方がありますよね?
3.11の震災のときに、このCMがかなりたくさん流されていたので、覚えているひとも多いと思います。

みんなちがって、みんないいというのは、それぞれの個性を認めましょうということです。つまり多様性というものを認めあおうぜ、ということです。
人々の最大公約数的なところって、あるていど誰もが認めています。だから社会はあるていど健全に機能し続けています。

でも、そのひとの持つマニアックなところ……たとえばマニアックなマンガが好きだとか、マニアックな食べ物が好きとか、マニアックな場所にしか旅行に行きたがらないとか……そういうところに「そのひとらしさ」があるということです。

つまりモテる女子とは・・・

だから、大勢に合わせようとするのではなく、もっとじぶんの個性に自信をもって生きたほうが、彼氏ができやすいものです。
男女が、お互いのマニアックな部分を認め、惚れた瞬間。これはもう文句なく「100%の愛」と言い切れる瞬間です。

付言すれば、時代を経て世の中に残っている「愛をテーマにした音楽や文学」というものは、「たったひとりの君」に向けて作られているものがほとんどです。
「みんなに愛されるもの」を作ろうと思って作られたものは、時の流れのなかにその姿を消して、私たちはもう見ることができません。

そこに「モテ」の本質があります。まずは「たったひとりの君」に愛されるようにすれば、あとのことはどうにでもなるということです。(ひとみしょう/ライター)

(ハウコレ編集部)

関連記事