2016.07.17

どんな恋愛だって、男女が50%ずつ責任を背負っている

「どんな恋愛だって、男女が50%ずつ責任を背負っている」と書くと、おそらく「そんなことはない」と怒り出す女子がいるのだろうと思います――元カレはとんでもない男で、わたしは100%被害者だと……。
でもまぁ、そうは言わずに、少しばかりおつきあいいただければと思います。

■なぜわたしだけ…

ひどい男とつきあってしまって、ひどい振られ方をしたら、「なぜわたしだけこんなひどい目にあわなくてはならないのだろう」と思う人もいるでしょう。
「あんな男、一生許さない」と思う人だっているでしょう。恋すること自体が怖くなって、もう二度と恋愛なんてしたくないと思う人だっていると思います。

まぁ、そういう感情が湧いてきて当然だろうと思います。
女子に限らず男子だって、ひどい女にメンタルをやられてしまうことがあるわけですから、ひどい男にひどいことをされた女子の気持ちは、誰だって想像に難くないものです。

■許せるまで恋は続いている

そういう激しくネガティブな感情を抱いていても、月日が流れると、ひどい男のことなどすっかり忘れて元気になって、ふたたび恋愛を楽しんでいる女子もいます。
ひどい男にも、ひどいことをするだけの理由があったのだろうと、相手のことを思いやることができるようになる女子もいます。
取材で出会う、そういう女子の何人かは、ひどい元カレのことをおもしろおかしく聞かせてくれます。

***

どんな恋愛だって、男女が50%ずつ責任を負っているというのは、なにもそういうひどい男を選んだあなたにも責任があるということではなく、「そういうふうに考えないと、そのひどい男に依存してしまうことになって、時間がもったいない」ということです。

つまり「許すこと」も、恋のうちだということ。
ある日突然、見知らぬ男に手を出されたということではない以上(そういうのは恋愛と呼ばない。事件だ)、たとえ一瞬でも好きになった相手を許すことまでを含めて「恋愛」というのです。

物理的に男と別れて、男のことを憎んでもいいし、恋愛に臆病になってもいいけれど、とにかくその「一瞬でも愛した男」を許すことができるまでが「恋愛の期間」なわけです。

許すことができたとき、きっと誰だって「わたしにも多少の非はあった」と思うでしょう。たとえ一瞬であったとしても、愛しあったふたりの関係において、どちらか片方だけに非があって、もう片方は100%クリーンですということはないはずです。
あると言い張るなら、その人はきっとまだ恋愛の途中にいる、つまり許せていない、ということでしょう。

■人として

ひどい男の「ひどい」にも、程度があると思いますが、よく遊んでいるひどい男が出てくるテレビドラマの中で、その男が口にした言葉を最後に紹介しておきましょう。

「たとえひと晩であっても、おなじシーツにくるまった女のことを悪く言う男は最低だ」

このセリフを、「男」でも「女」でもなく、シンプルに「人として最低だ」と解釈したとき、恋愛における「許す」という意味がわかってくるのではないかと思います。

つまりどんなにひどい相手であったとしても、相手はあなたを映す鏡だということです。あなたが彼の行為を許さない限り、その苦しさは鏡に跳ね返ってあなたにのしかかってくるでしょう。
「そんな鏡、いらない」と思ったところで、相手を許すまであなたの心の中には鏡があり、鏡に映っている人は消えないわけだから、許す以外どうにもできないのです。(ひとみしょう/ライター)

(ハウコレ編集部)
(藤田富/モデル)
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(泉三郎/カメラマン)

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