2010.06.22

自分の「家系図」を作る方法

 毎日付けていた日記を読み返して、これまでの自分を振り返ることがあると思います。そんな時ふと、自分の家の家系はどうなっているのか? 自分の何代前はどんな人でことをしていたのか? そんなことを考えてみるものです。自分史を書いてみたい、自分の家の家系図を作ってみたと考えるのもそんな時です。

 そこで、どうしたら自分の何代か前に辿りつけるのか? どうしたら家系図を作ることが出来るのか?説明したいと思います。

まず、100年前まで遡ろう

 いきなり1000年以上前の桓武天皇や清和天皇の結び付けるのは無理ですから、まずは、100年前に辿りつきましょう。

 ざっと100年とは言いますが、時代は明治の初めで、約4代前になります。自分から見ると曾祖父の時代ですから、会ったことのある人はまれです。自分の両親や祖父母ならすぐに調べが付きますが、その先になると大変です。4代前になると自分を含めると家系図は15人になります。ここまで調べるのも結構大変です。

 そこで、まず何をするかと言えば、役所に行って「戸籍謄本」と「除籍謄本」を取ることです。他人の戸籍ではないので、出してくれるはずです。これを見れば故人の情報もわかるので、かなり解明されます。ただ、除籍簿は80年たつと廃棄されるので、無くなっている場合もあります。

次の100年に進もう

 そこから100年というと江戸時代の後期になります。もうここまで来ると役所では無理なので、手掛かりは墓とお寺の過去帳ということになります。代々住んでいた土地の菩提寺にあるはずです。寺や住職にもよりますが、かなり詳しく記述してある場合もあります。墓と過去帳を照らし合わせてみるとよりはっきりします。

 また、江戸時代の初めに出来た制度で、全ての人をどこかの寺に帰属させるために作った宗門人別帳というものもあります。ただ、全国くまなくこの制度が行き亘っていたわけでないので、ない地域もあります。ただし、寺がすぐに見せてくれるかどうか分からないので、理由を話して寺に相談してみるといいかもいしれません。

恵まれた人はこの先に進めます

 この先の100年に進める人は恵まれた人ですが、江戸時代の中期から初期まで遡れます。
 墓石がきれいに保存されているか、過去帳の記述きちんとしているかです。さらに、家に系図や文献、古い位牌がたくさん残っている場合や庄屋や名主、武家として藩の重職をしていたなどの特別なケースです。さらに公家の場合などはかなり先をたどることが出来ます。

 墓石がたくさんあって、宝篋印塔(ほうきょういんとう)の墓などがあったら格式のある立派な家です。また、戒名の文字数などでもその家のことがある程度分かりますから、お寺の住職に聞いてみるのもいいでしょう。

▽宝篋印塔(
画像は列島宝物館から

まずノートに書き出してみましょう

 一人当たり1ページの予定で、書くのは、①名前 ②生年月日 ③出生地(本籍) ④父母の名前 ⑤学歴・職業で、書ききれないことがあったら、裏のページに書きましょう。必ず1人が右ページから始まるようにして進めると便利です。


 また、調査の際は、ノートのほかにカメラ、日本史辞典や歴史年表、話を聞く際にボイスレコーダなどがあってもいいでしょう。

まずは出来るところまで書いてみましょう

 だんだんにページ数が増えて、書いた人数が多くなったら、家系図に書き込んでみましょう。自分と両親、祖父母、曾祖父母、これだけでもう15人になるのですから、先は長いです。家紋も写真やコピーで付け加えておくと出身地や意外なルーツが分かったりしますから、必ず書いておきましょう。

 かなり大変な作業になりますが、子どものため、孫のためにも大事です。祖先あっての自分、自分あっての子孫です。自分の中にある独特な資質や体質などのDNAは子孫に遺されていくのです。これを自分の代でやっておかなければ将来はもっと大変になります。定年後のライフワークにしたらいかがでしょう。

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