彼氏を束縛するなら「ステキな覚悟」を持とう!


かの有名な『源氏物語』には、どうじに複数の人を愛する男女がたくさん出てきます。
だからなのか、受験に出てくるくだりと、出てこないところが、わりに判断しやすいのだそうです。

男がどうじに5人の女性と付き合っている……そして女たちは嫉妬に狂っている……こういうことをあからさまに書いてある箇所は、おそらく受験に出てこない。

今の「不倫」は、むかしは「いいこと」だった

今の時代の不倫とは、みなさんがよく知っているあの行為のことですが、平安時代にあっては、どうじに複数の人を愛せないことこそが、人の倫(みち)に外れている「不倫」だったとのことです。


「わたしは彼にとって、複数いる彼女のひとりに過ぎない」――こんな恋愛をしていたら、当然そこには嫉妬が生まれてきますよね。
この嫉妬という感情をどう自己処理するのか?

これが、平安時代の人たちのテーマでした。
嫉妬心を抱くなんて愚かだと知りつつも嫉妬に狂い、お坊さんに相談するとか、嫉妬に狂って妙な悪霊と会話をしてしまうとか、あるいはいかに彼を束縛するかを考え抜くとか……
こういうような、とても人間臭いドラマが『源氏物語』には書かれているのでしょう(全編を読んだことがないので、「でしょう」と書きました)。

彼のことを束縛するのであれば

いつの時代も、いかに彼のことを好きになろうと、いかに彼を愛そうと、彼の心までは束縛できない。
でも、彼のことが大好きだから、束縛してしまう、あるいは束縛したいと思ってしまう。愛すれば当然の気持ちですよね。

でも、彼のことを束縛するのであれば、どこまでも彼のことを愛し抜く覚悟が求められるように思います。

束縛は、たいてい自分のことがかわいいからするものです。
自分がかわいい……自分が傷つきたくない、だから彼が今どこで誰と会っているのか知りたい、だから頻繁に彼に電話をかける。

あるいは、自分が傷つきたくない……だから、彼がほかの女子とごはんを食べに行くのを阻止してしまう。


でも、彼のことをどこまでも愛し抜こうという覚悟のもとで、彼を束縛するなら、「束縛のしかた」が、ちょっと変わってくるでしょう。

いとしの彼が、ほかの女子とごはんに行きたいと言っている……行きたいのであれば行ってくれば? わたしはぜんぜんOKだから……
こんなふうに思って、彼に1万円を握らせる……これだって、「少し遠回しな」束縛であるはずです。

1万円を握らされた彼は、きっと1万円の範囲内でべつの女子と食事をする「だけ」でしょう。
あるいは、彼女からお金をもらったら、彼は彼女に「男気」を感じて、べつの女子と食事ではなくお茶だけして帰ってくるかもしれません。

みんな束縛のしかたが甘い

そもそも、今の時代の男がだらしないとも言えます。
どうじに複数の女子を愛してしまったのであれば、人の倍、3倍、4倍はたらいて、たくさんお金を稼いで、いつでも全力ですべての彼女を満足させることができる強靭な肉体を持っていなくてはならない。

でもそういう男はごく少数で、ふたりはおろか、ひとりの女子もろくすっぽ愛せない……だから浮気だ不倫だ、嫉妬だ束縛だと、女子たちが騒ぐことになる。


本当は、男は、どうじに複数の女子を愛してしまったなら、「それなりの」覚悟が求められます。
それなりの覚悟とは、愛してしまった複数の彼女全員から、指を指され、ののしられ、あげく、ひとりぼっちになってしまうこともある、そうなったとしてもしかたない、という覚悟です。こういう悪夢を夜ごと見ている「プレイボーイ」もいるそうです。

ひとりぼっちになった彼を、それでも愛する覚悟があれば、女子は気の向くまま彼を束縛しても、ぜんぜんOKでしょう。
それはもう、ありふれた恋ではなく、古今東西で語り継がれるような愛の物語だからです。(ひとみしょう/ライター)

(ハウコレ編集部)