2018.01.03

「好き」って「わたしのことをもっと知ってもらいたい」という気持ちのこと

「好きってどういう気持ちですか?」という恋愛相談が散見されます。おそらく恋愛初心者と、恋愛に疲れ切った人が相談してくるのだろうと思います。今回は「好きってどういう気持ちなのか」について、一緒に考えてみたいと思います。

■気になる人の名前でググったこと、ありますか?

誰かのことが気になりだしたら、その人について知りたいと思う。これって当然のことですよね。人によっては気になる人の名前でググって、でもそこにはめぼしい情報がなくてガッカリして、「ネットにはわたしが本当に知りたい情報は載っていない」なんて思った経験をお持ちでは?

「彼のことをもっと知りたい、でも知る手段がない」こう思いはじめるとドツボにハマることもあるでしょう。気になる人がおなじ会社や学校の男子であれば、彼について知るすべはあるはずです。恥ずかしくて彼と直接口をきくことができないのであれば、友達に聞くとそれなりの情報が得られるはずです。彼はどこに住んでいるよ、とか、彼には彼女がいるよとか、高校生であれば、彼はどこの予備校に通っているよ、とか、そういう具体的な情報を得ることができるはず。

でも、彼との接点が乏しければ乏しいほど、情報が入ってこず、結局「彼のことが気になってしかたない。これって好きという気持ちなのかな」と、妙に自己分析しはじめたり……さらには、こういう分析があなたのことを、じぶん探しの旅にいざなったり。

こういう気持ちがこうじると、人によっては哲学を学ぶようになると、ある先生が言っていました。「じぶん探しをするために哲学科に入ってくる学生がいるけど、哲学ってそんな学問じゃないから」と、その先生は言い放ちました。ではどんな学問なのか?「わたし」を探す学問ではなく、「人全般」に共通する考え方を学ぶこと――たとえばこういうことのようです。あくまでも一例ですが。

■逃げるは恥だが役に立つ、のかもしれませんが・・・

さて、「相手のことをもっと知りたい」と思ってしまう気持ち、これがひとつの「好き」という気持ちの実態であるとするなら、「わたしのことをもっと知ってほしい」と欲する気持ちも、好きという気持ちの実態ではないでしょうか。

ちょうどコインの表裏のようなかんじです。相手のことを知りたいという気持ちと、じぶんのことを相手に知ってもらいたいという気持ちって、ワンセットですよね?じぶんが一方的に相手のことばかり知りたがる――こんなコミュニケーションって、コミュニケーションと呼ばないから。

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「好き」って、「わたしのことをもっと知ってもらいたい」という気持ちです。おそらく「好き」という気持ちとはどういう気持ちなのだろうと考えている人って、ひとり相撲みたいになっていると思うんです。相手のことを知りたい、でも得られる情報には限りがある。ここでモンモンとしちゃうから、好きという「こころで感じる」べき行為を「あたまで考えて」しまうのでは?
ヘンに考えすぎてしまって足が止まったときって、「その裏側」を見てあげると、物事がふたたび動きはじめることがあります。この場合の裏側とは、「じぶんのことを相手に知ってもらう」です。

「あの人に、わたしのことをもっと知ってもらいたい」本能的にこう思える女子が「恋多き女子」で、「彼のことをもっと知りたい、でも恥ずかしくてわたしのことを彼に知られたくない」と逃げ腰になっている女子が、「好きってなに?」と考え込んでしまっている人、ということですが、『逃げるは恥だが役に立つ』とも言われていますしねえ。(ひとみしょう/文筆家)

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