元カノが彼女に「彼を返して」と言ったとき、俺が隣の彼女を理由にしなかった理由

コラム

あの場で「今はこの人と付き合っている」と言うことはできました。それでも言わなかったのは、隣の彼女を、別れた相手を断る理由にしたくなかったからです。

信号が変わる音より先に、付き合っていたころ何度も聞いた「取られた」という言い方が、今度は「彼を返して」に変わって、隣の彼女へ向けられました。

3年、流していた言葉

前に付き合っていた人は、俺が仕事の電話に出ると「また仕事に取られた」と笑う人でした。友達と飲みに行く予定を話せば「今週は友達に取られるんだ」と言いました。

最初はただの冗談だと思っていました。何度も聞くうちに、寂しいときにそういう言い方をする人なのだろうと思うようになりました。それでも俺は、笑って流すだけでした。

別れは、俺が送った短いメッセージで済ませました。返事は来ましたが、そのまま連絡は途切れました。今の彼女と付き合い始めて半年。その人と顔を合わせたのは、別れてからあの日が初めてでした。

彼女を理由にしなかったこと

映画館を出て、彼女の腕に手を添えて信号待ちに並んだところで、あの人が人混みを抜けてきました。畳んだ傘を握り、俺を見て、それから彼女の顔を見ました。

「取られた」と言っていたころと同じように、今度は隣の彼女を相手に「返して」と言ったのだと分かりました。

「彼を返して」

その言葉を聞いた瞬間、「今はこの人と付き合っている」と返すことも考えました。でも、それでは今の彼女がいるから戻らない、と聞こえる気がしました。彼女がいなければ話は違うのかと受け取られる余地も残ります。

俺とあの人の関係は、今の彼女と出会う前に終わっています。そのことまで、隣にいる彼女の存在に背負わせたくありませんでした。だから俺は、

「その言い方は、もうやめよう」

と返しました。

あの人は傘の柄を握り直して、「わかった」とだけ言い、横断歩道を渡らずに来た道を戻っていきました。彼女がその背中を見ている間、俺は前を向いていました。

あの場ではそれで終わったと思っていました。

  • X
  • Line