
「悔しくないわけがないだろ」と言い張った俺は、息子の話を最後まで聞いていませんでした
コラム
悔しいはずだと決めたのは、息子ではなく俺でした。公園で息子が言いかけた言葉を、同じ言葉で遮り続けていたのです。息子が係決めのプリントを見せるまで、気づけませんでした。
笛の代わりに、俺の手拍子で息子を走らせていました。運動会の練習が始まった9月、登校前の公園での往復です。
食卓の受け取り違い
「リレー、出ないんだ」
小学2年生の息子が食卓でそう言ったとき、俺は選ばれなかったのだと決めてかかりました。
悔しさを隠している。まだ諦めるには早い。頭の中で勝手に話が進んでいきます。
妻が唐揚げを1つ多くのせるのを見て、慰めるだけでは何も変わらないとさえ思っていました。
「まず走ろう」で遮った
翌朝から、公園で走らせ始めました。
往復の途中で、息子は何度か「あのね」と口を開きました。
そのたびに俺は、
「まず走ろう」
と返しました。
話を聞けば、「別に悔しくない」という答えが返ってきそうでした。それを認めたら、俺が朝から走らせている意味までなくなる。
いつの間にか、息子のためではなく、自分が間違っていなかったことを証明するために続けていました。
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聞いていなかった側


























