
「もう潮時」としか言えなかった八百屋の俺→30年仕入れた農家から届いた最後の荷物
コラム
行列の1人ずつに手渡した
最終日、店を開ける前から人が並んでいました。野菜はキャベツを数個残しただけで、ほとんどが前日までに売れていました。それでも列は切れず、俺は顔を覚えている客に紙袋を手渡していきました。
いつもの女性の客の番が来ました。
3年ほど、仕事帰りにネギや小松菜を買っていく人です。最近は来る日が減っていたことも、閉店の張り紙を出してから毎日のように来ていたことも知っていました。
袋を差し出してから言いました。
「いつも仕事帰りに来てくれて、ありがとな」
「こちらこそ」
その人は袋を両手で受け取りました。
中身のことは説明しませんでした。農家のことまで話せば、結局また長くなるからです。
育てた小松菜が、この店で売っていたものと同じ味になるとは思っていません。畑も土も違います。
それでも、野菜は店で買うだけじゃなく、種から育つものだということを最後に伝えておきたかったのです。
そして...
店を畳んで数日後、空になった箱を農家へ返しに行きました。
畑の端には使わなくなった道具がまとめられ、倉庫の前には空箱が積まれていました。
「種、どうした」
荷台から箱を降ろしていると、男が聞きました。
「客に配った」
「全部か」
「足りないから買い足したよ」
それを聞いて、男は笑っただけでした。
帰り際、店に30年並べてきた野菜がもうここから届くことはないのだと、そこで初めて実感しました。
常連客には最後まで詳しい理由を話しませんでした。
「潮時」と言ったのは、商売が嫌になったからでも、客が減ったからだけでもありません。俺が八百屋を続けてきた30年の中に、あの男の野菜が最初から入っていたからです。
今になって思えば、それくらいは、あの女性にも話しておけばよかったと思っています。
(60代男性・自営業)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)



























