
「次からは自分で詰めろ」と父に叱られた私が、3か月後に妻に言った言葉
コラム
父が居間で言ったこと
次の休み、実家で父は私を居間に呼びました。母と妻は台所にいて、声は届かない距離でした。
父は座るなり、3年で何回だ、と聞きました。妻が作った弁当の数のことです。答えられずにいると、父が代わりに数えました。
「およそ600回だ。600回作ってもらって、お前が返したのは、愚痴だ。家事をやってくれなくなったと書いたな。お前は家で何をやっている。洗濯機のボタンを押すのは家事じゃない。作ったことのない者が、中身に文句を言う権利はない」
私は下を向いていました。父の声は大きくありませんでしたが、途中で一度も止まりませんでした。
帰りの車で、妻は父との話の中身を聞きませんでした。私も話しませんでした。
そして...
翌週から、私は自分の弁当を自分で詰めるようになりました。前の日の残りを取り分け、卵焼きを焼き、冷ましてからふたを閉じる。会社に着くまでに汁が漏れた日も、ふたが閉まらなかった日もありました。それを3か月続けて、弁当箱を洗いながら、隣で椀を拭いていた妻に言いました。
「今まであんなに大変なことをさせていたんだ。本当にありがとう」
妻は布巾を持ったまま、こちらを見ました。
今の私の卵焼きは、形も焼き色もそろいません。会社で食べる前に、私はその写真を、同僚ではなく妻に送っています。
(30代男性・会社員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)



























