
『これ捨てとくね』母のメッセージに気づいた時には、20年一緒だったぬいぐるみはもうなかった
コラム
会議を終えてスマホを開くと、母からのメッセージが1件届いていました。添えられた写真には、実家の床に置かれたうさぎのぬいぐるみ。先週帰省した時に、うっかり枕元に置いてきたものでした。
「これ捨てとくね」の一言
母は断捨離の最中で、少し前から「いらないものは言ってね」というメッセージが何度か届いていました。私は自分の物は全部持ち帰ったつもりでいたので、どれも既読だけつけて流していました。
今回の文面は「これ捨てとくね」。写真のうさぎは耳の先がほつれて、綿がのぞいていました。会議が長引いた分だけ、既読が遅れていました。
私は廊下を歩きながら返信を打ちました。
「待って、それ捨てないで」
「先週忘れていっただけなの」
あのうさぎは、幼稚園の頃から20年ずっと枕元にいました。1人暮らしを始めた時も、その後の引っ越しでも、段ボールの一番上に入れて運んだものです。母はそれを知りません。私が話したことがなかったからです。
返信はすぐに既読になりました。
「ごめん、もう出しちゃった」
「ボロボロだから捨てていいのかと思った」
「ぬいぐるみくらい」と返された
母からは続けて、こう届きました。
「もう大人なんだし、ぬいぐるみくらいいいでしょ」
私は打ち込んだ文字を一度消して、もう一度打ちました。
「くらい、じゃないよ。ずっと一緒だったの」
「それ、私の何よりも大切なものなんだよ」
送信してから、画面の上に入力中の表示が出ては消えるのを、何度か見ました。母は今頃、何を書いては消しているのだろうと思いました。そのうち表示は出なくなり、画面は暗くなりました。
自分の席に戻っても、私は写真を拡大しては、ほつれた耳のところを眺めていました。捨てられたのはうさぎなのに、責める相手が見つかりませんでした。私は母に、あれが大事なものだと一度も伝えていなかったのです。
次のページへ
届いた収集所の写真



























