誕生日の前日に「推しがいる女は無理」と言った彼が、ライブ会場に来ていた

コラム

物販の列から見つけた彼は、値札のついたままのペンライトを握って、あたりを見回していました。「一回、見てみたくて」。その言葉の続きを、彼は口にしませんでした。

ペンライトの電池を入れ替えている途中で、彼から「今日だよね」とだけ届きました。返事を打ちかけて、画面を伏せてしまいます。半年前に言われた言葉が、まだ引っかかっていたからです。

誕生日の前日に言われた言葉

付き合って3か月の頃、彼の誕生日と推しのライブが重なりました。チケットは知り合う前に取っていたもので、当日は行きたい。そう伝えて、お祝いは前日にしようと提案しました。彼は箸を置き、しばらく皿を見ていました。

「推しがいる女は無理」

そのあと「悪い、言いすぎた」と続きましたが、先に出た方の言葉が残りました。うなずいて、別の話をしたのを覚えています。ライブには行きました。ただ、曲の途中で何度もスマホを確かめてしまい、歌詞が頭に入りませんでした。

それからは、彼の前で推しの話をしなくなりました。ペンライトは押し入れの奥へ。ライブの予定は「友達と出かける」に言い換えます。彼が嫌がるものを見せなければ、この関係は続く。そう決めるたび、押し入れの奥の袋が重くなる気がしました。

物販の列で見つけた見覚えのある背中

会場前の広場は、開場を待つ人であふれていました。友人と物販の列に並びながら、セットリストを予想し合います。その視線の先に、場違いな人がいました。

黒いシャツに黒いリュック。グッズを何も身につけていない男性が、つま先立ちであたりを見回しています。彼でした。

名前を呼ぶと、彼はこちらを見つけて、列の横まで歩いてきました。手には、値札のついたままのペンライト。

「なんでここにいるの」

「一回、見てみたくて」

それだけ言って、彼はペンライトの袋を持ち直しました。友人が気を利かせて列を離れ、2人が残ります。聞きたいことは山ほどあるのに、口から出たのは「チケット、どうしたの」でした。「取れた」。彼は短くそう答えました。

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