
彼女が推しの話をしなくなって半年。「無理」と言った俺がライブ会場へ行った理由
コラム
「あなたといるより楽しい」。そう言って去った人の顔を、目の前の彼女に重ねていました。会場で探していたのは彼女ではなく、言葉を取り消す場所だったのかもしれません。
風呂から上がると、ベランダで電話をしている彼女の笑い声が、閉めた窓越しに聞こえました。俺と話すときより、半音高い声。通話相手は大学時代からの友人で、話題は推しのライブでした。窓を開けないまま、半年前に自分が言った言葉を、初めて彼女の側から聞き直していました。
「無理」と言った本当の相手
「推しがいる女は無理」
半年前、彼女にそう言ったとき、頭にあったのは彼女ではありませんでした。前に付き合っていた人です。舞台俳優を追いかけていて、公演のたびに予定が消えました。誕生日も、旅行の約束も、最後は「あなたといるより楽しい」の一言で終わっています。
だから彼女が、俺の誕生日とライブが重なったと言ったとき、皿の上の料理より先に、あの日の言葉が並びました。前日でいいと提案してくれているのに、耳に入ったのは「当日は行きたい」の部分だけ。
「悪い、言いすぎた」
続けて謝りはしましたが、取り消したことにはなりませんでした。彼女はうなずいて、別の話をしました。俺が触れたくないものに、彼女が蓋をしてくれた。そのときは、それで助かったつもりでいました。
本当は、次に同じ話題が出たとき、また同じ言葉を言いそうな自分が怖かっただけです。
押し入れの奥に消えたもの
それから、彼女の口から推しの名前が出なくなりました。部屋にあったペンライトも見かけなくなり、出かける予定は「友達と」の一言にまとめられます。俺が望んだ形のはずでした。
なのに、ベランダで聞いた声が耳から離れません。ベランダで聞いたような笑い声を、俺は最近聞いていませんでした。
無理だと言ったのは俺なのに、片付けたのは全部彼女でした。推しの話をしなくなり、ペンライトをしまい、ライブの日まで「友達と」に言い換えるようになった。
俺の側で変わったものは、何もありません。前の人にされたことを、彼女がするとは限らない。わかっていながら、先に線を引いて、その内側で暮らす手間を彼女に押しつけていました。
ライブの日付は、彼女のスマホを見なくても知っていました。ベランダの会話で、友人が何度も口にしていたからです。公式のリセールを開き、1枚だけ申し込みます。取れたら行く、とだけ決めました。
数日後、当選の通知が届いたとき、喜ぶより先に、行く理由を自分に説明できないことに気づきました。
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人混みの中で探した顔

























