彼女が推しの話をしなくなって半年。「無理」と言った俺がライブ会場へ行った理由

コラム

人混みの中で探した顔

会場前の広場に着いて、すぐに後悔しました。同じ色のタオルを首にかけた人の群れの中で、黒いシャツの自分だけが浮いています。物販で買ったペンライトは、開け方もわからないまま手の中にありました。

彼女がどこにいるかは、知りません。「今日だよね」と送ったきりで、返事は来ていませんでした。つま先立ちで列を端から見ていくうちに、半年前の自分の姿が重なりました。

あのとき求めていたのは、彼女に自分のほうを向いていてほしいということでした。そのために、彼女の好きなものを遠ざけた。今は、その好きなものがある場所へ、自分から彼女を探しに来ています。

探している間、彼女の「友達と出かける」という声がずっと頭で鳴っていました。あの言い換えを作ったのは、俺です。

名前を呼ばれて振り向くと、物販の列に彼女がいました。友人と並んで、こちらを見ています。列の横まで歩いて、彼女の前に立ちました。

「なんでここにいるの」

「一回、見てみたくて」

本当は「取り消したくて」と言うつもりでした。出てきたのは、その手前の言葉です。友人が列を離れ、彼女は「チケット、どうしたの」と続けました。「取れた」。それだけ答えて、開場のアナウンスが流れると、逃げるように「先に入ってる」と入口を指していました。

そして...

フロアでは、彼女がいそうな後ろの方を避けて、少し前に立ちました。開演前、リュックを胸に抱えたまま、ペンライトの袋の切れ目を探し続けます。振り向けば見つけられる距離のはずですが、開演してから、後ろの彼女の方を1度も振り返れませんでした。

ペンライトは、隣の人に「ここを回すんですよ」と教えられて、やっと光ります。周りより遅れて揺れる青い光を、彼女が後ろから見ているのはわかっていました。俺が半年前に消させた光が、今どれくらいの高さにあるのか、確かめる勇気は最後までありませんでした。

終演後、出口の近くで待って、出てきた彼女に「楽しかった?」と聞きました。返ってきたのは「楽しかった」の一言です。「そっか」。それだけ言って、彼女の手の中でまだ光っているペンライトを見ました。

駅までの人波の中で「半年前のは、取り消していい?」と聞きました。彼女は少し歩いてから、「次は、先に見せる」と答えます。もう「友達と出かける」と言い換えない、という意味だとすぐにわかりました。

今、次の公演の先行抽選の受付画面を、自分のスマホで開いています。枚数の欄を「2」にしてから、彼女に画面を見せました。

「次、俺も行っていい?」

半年前とは逆に、今度は彼女の返事を待っています。

(20代男性・営業職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

  • X
  • Line