結婚したいと先に思っていたのは俺なのに、彼女の親に会うのが怖かった→2日かけて気づいた怖さの正体

コラム

結婚が嫌なわけではありません。それなのに返事を言い切れない理由を探し続けて、たどり着いたのは自分でも認めたくない答えでした。渡せる言い方は、ひとつしかありませんでした。

返信の下書きに『会うよ』とだけ打った文を、俺は2日間送れずにいました。

皿を重ねる背中から聞こえた「来月」

付き合って3年になる彼女の部屋で、2人分の夕食を食べ終えたところでした。彼女は皿を2枚重ねて立ち上がり、流しのほうを向いたまま言いました。

「来月、うちの親に会ってほしいの」

テーブルに残った箸を箸置きに戻し、俺はもう一度それを持ち直しました。嫌だったわけではありません。結婚をしたいと先に思っていたのは、俺のほうです。それなのに口から出たのは、用意していたはずのどの言葉でもありませんでした。

「ちょっと、考えさせて」

「うん。急がなくていいよ」

彼女は流しに向かったまま蛇口をひねりました。水の音が俺の返事の続きを待っているように聞こえて、その続きを俺は持っていませんでした。その日は上着を取るのがいつもより早くなり、玄関でかかとを踏んだまま外に出ました。駅までの道で、さっきの自分の声を思い出すたびに、もう一度言い直したくなりました。

怖いのは彼女の親ではなかった

翌日、彼女からメッセージが届きました。

「無理に返事しなくていいよ」

既読をつけたあとで、俺は画面を伏せました。返さないことが答えになってしまうのはわかっていて、それでも下書きの欄は白いままでした。仕事の合間に会社のトイレで下書きを開いては、閉じることを繰り返しました。開くたびに、『会うよ』の先に何を足せばいいのかがわからず、足せない理由のほうを見ないようにしていました。

帰りの電車で、何が怖いのか順番に考えてみました。彼女の親が厳しい人だという話は聞いたことがありません。挨拶の仕方も手土産の選び方も、調べれば済むことです。それなら残るのは、俺自身のことでした。そこから先を考えるのを、俺は1日目のあいだ避け続けていたのだと思います。

姉が婚約者を実家に連れてきた日、父は勤め先と転勤の有無を聞き、答える相手の笑い方は最後まで固いままでした。あのとき見ていた側にいた俺が、今度は座る側になる。勤めて5年で役職はなく、貯金は人に言える額ではない。その全部を「この人で大丈夫か」という目で見られる。そう想像したところで、初めて自分の姿が見えました。俺が怖かったのは彼女の親ではなく、その目に映る自分でした。彼女と一緒にいたい気持ちと、それにふさわしいと胸を張れない自分とが、同じ場所に並んでいることを、俺は2日かけてやっと認めました。

2日目の乗り換えの駅で、下書きの『会うよ』を消しました。会うと言えば彼女は安心するでしょう。でもそれでは、怖さを隠したまま先に進むことになります。逃げるような言い方をするくらいなら、格好悪いままの本音を渡そうと決めて、俺は家に帰る電車を見送り、彼女の部屋へ向かう路線のホームに立ちました。

「今から行ってもいい」

「いいよ」

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