妻のレシピノートを写真に撮って単身赴任した俺→肉じゃがの写真に届いた「ちゃんと食べてるね」

コラム

返事が届いたのは、鍋の残りを冷蔵庫にしまい終えたころでした。画面にあったのは、いつもと同じたった一言。いつもと同じ返事を見て、俺はそれ以上何も送りませんでした。

スマホの写真フォルダの奥に、妻の字で埋まったノートのページが12枚入っています。赴任の前の日、妻が風呂に入っているあいだに台所で撮ったものでした。その3ページ目が、肉じゃがです。

2膳でひと組の箸

100円の店で買った箸は、2膳でひと組でした。菜箸を買っていないので、片方は俺のぶん、もう片方は鍋をかき回す係です。台所に立つたび、「菜箸くらい買いなよ」と妻なら言うだろうと思っていました。

出発の前の日、荷造りをしながら「飯なんてどうにでもなる」と言ったのは俺でした。実際、最初の1か月は弁当と牛丼でどうにかなりました。困ったのは飯ではなく、部屋のどこにも妻の気配がないことです。弁当を食べながらノートの写真を開くのが癖になり、そのうち、読むだけでは足りなくなりました。妻の字のとおりに作れば、その声まで台所に戻ってくる気がしたのです。ひとりで食べるのは同じでも、それだけで違いました。

その日は、はじめて鍋を出しました。ノートの写真を見ながら、じゃがいもを切り、しらたきを足し、火を弱めます。できあがった鍋の横に、洗った菜箸係と自分の箸をそろえて、いつものように写真を撮って送りました。これ私のレシピでしょ、と妻が聞いてくるところまで、勝手に想像していたのです。

たった一言の返事

返事は、鍋の残りを冷蔵庫にしまい終えたころに届きました。「ちゃんと食べてるね」。弁当の写真に返ってくるのと同じ一言です。

何度か画面を上下させて、自分の送った写真を見直しました。鍋のふたが影になって、中身は思ったより見えません。撮り方が悪かった。それとも、毎日の写真そのものが、もう面倒がられているのか。皿を洗いながら、聞かなかったことにする理由を並べていきました。

写真に「作ってみた」と書き添えれば済む話でした。3か月も弁当で通してきた俺が、急に鍋の写真に説明をつけるのは、寂しいと書くのと同じことでした。

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