娘を追いかけて駅へ向かった母→塩豆大福を手に、改札の向こうの背中を呼び止められなかった

コラム

あの時、本当に言いたかったのは別の言葉でした。けれど玄関でスーツケースを引く娘の背中に、言い直すきっかけを見つけられないままでした。

娘が断っていた誘い

取り込んだ洗濯物を抱えて、2階の廊下を歩いていた時のことです。半分開いたドアの向こうで、帰省中の娘が誰かと電話をしていました。

「ごめん、その週末は実家に帰るんだ」

相手は大学時代の友人のようでした。話の流れから、何かの誘いを私のために断ったのだと分かりました。

夫が単身赴任になってから、娘は毎月欠かさず帰ってきます。片道3時間、交通費も安くはないはずです。それでも、私が1人だと心配だからと言って帰ってくる。あの子の週末を私が埋めてしまっているのではないか。前から引っかかっていたことが、あの電話ではっきり形になりました。

途中で抜け落ちた言葉

帰り支度を終えた娘と、最後に食卓を囲みました。

「来月も同じ週末に帰ってくるね」

あの電話が頭をよぎり、箸を置きました。

「毎月じゃなくていいよ」

「なんで?お母さん1人だと大変でしょ」

「大変じゃないから言ってるの」

本当は、電話のことを話すつもりでした。けれど、廊下で聞いていたと打ち明ければ、娘は責められたように感じるかもしれない。迷っているうちに、言葉ばかりが硬くなっていきます。

「せっかく帰ってきてるのに、その言い方はないんじゃない?」

娘の顔を見られないまま、口を開きました。私のために、無理して帰ってこなくていい。そう言うつもりだったのです。

「もう帰ってこなくていい」

出てきたのは、いちばん大事なところが抜け落ちた言葉でした。

「分かった。もう帰らない」

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