毎回友人の皿に手を伸ばしていた私。差し出された一口を、どうしても受け取れなかった理由

コラム

取り分けられたひと切れを、私は友人の皿へと戻しました。私が本当に欲しかったのは、食べ物そのものではなかったからです。自分が友人を傷つけ、困らせ続けていたことに気づいたのは、そのあとのことでした。

私の弁当箱へ伸びてきた箸のことを、今でもときどき思い出します。高校時代に一番仲がよかった同級生は、私のお弁当からおかずを取っていく子でした。大人になった私は、その意味を履き違えたまま、ただまねをしていたのかもしれません。

取り分けた物しか食べない家

私の実家では、料理は常に1人分ずつ小皿に分けて出されていました。母は「あらかじめ取り分けられたもの以外に手を出すのは行儀が悪い」と繰り返し教え、人の皿に箸を向けることは一切ありませんでした。

だから高校で初めておかずを取られたとき、とっさに弁当箱を引き寄せてしまいました。そんな私に、あの子は笑って言ったのです。

「一口くらいいいじゃん」

あの子は自分のおかずも、当たり前のように私の弁当箱へ入れてくれました。けれど母の言葉が抜けず、私からあの子の弁当箱へ手を伸ばしたことは1度もありませんでした。

お客さんみたいだと言われて

2年生の終わり頃、あの子はほかの子たちとお弁当を食べるようになりました。理由を聞くと、少し困ったように返されました。

「だって、ご飯を食べているとき、いつもお客さんみたいなんだもん」

責めるような口調ではありませんでした。それでもその言葉は、私の心に深く残り続けました。自ら人の皿に手を伸ばせない自分は、本当の意味で仲良くなれないのだと思い込んでしまったのです。

社会人になって出会ったのが、同じ職場の同期だったこの友人でした。「ずっと付き合っていきたい」と初めて思えた相手です。友人が転職して月に1度の食事だけになり、半年ほどたった頃、また離れていくのが怖くなりました。

そこで、あの子のまねを始めたのです。断りもなく、一番おいしそうなところを、あの日と同じ言葉で。

手を伸ばすたびに、友人の表情をうかがっていました。笑って受け入れてくれたら、それで満足だったのです。友人の反応ばかり気にして、自分の料理にはほとんど手が進みませんでした。けれど友人が笑ってくれたことは一度もなく、やめてほしいと言われてもやめられませんでした。ここで手を引いてしまったら、また「お客さん」の距離感に戻ってしまう気がして怖かったのです。手を伸ばしたのは、この友人の皿だけでした。離れていくのが怖いと思えた相手は、ほかにいなかったからです。

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