
「今の、行けたでしょ」と笑い続けた友人→山道で対向車が現れた途端、助手席が黙り込んだ
コラム
軽口を待避所に置いてきたような助手席
ギアを戻して走り出したとき、気づきました。友人が何も言わない。
「今のは下がらなくても行けたでしょ」と、来ると思っていた言葉が来ませんでした。横目で見ると、友人は口を結んでフロントガラスの先をまっすぐ見たまま、膝の上でスマホを裏返しにしていました。
そこからは、どのカーブを回っても、どの看板で減速しても、助手席から声が出ませんでした。さっきまであれだけ続いていた軽口が、まるで待避所に置いてきたみたいに。窓の外を指すこともなく、ダッシュボードを叩くこともなく、友人はただ前を見ていました。
怖くなったのだろうか。対向車と正面から向き合ったのは、この道で初めてでした。それとも、さすがに言いすぎたと自分で思ったのか。私には判別がつきません。ただ、笑われていたときには感じなかった居心地の悪さが、車内に残っていました。
私は、自分の運転を変えませんでした。看板で減速し、ミラーを見て、車間をあける。友人が黙っていようと、それが正しいと思う走り方を続けました。ラジオもつけていない車内で、聞こえるのはタイヤが砂利を踏む音と、エンジンの唸りだけでした。
そして...
展望台の駐車場に入って、サイドブレーキを引きました。
「着いたよ」
友人はうなずいて、先に車を降りました。自販機で缶コーヒーを2本買ってきて、1本を私に渡し、町を見下ろしながら言いました。
「帰りもよろしく」
それだけでした。
帰りの山道で、友人は本当にひとことも口を出しませんでした。看板で減速しても、対向車を待っても、助手席は前を向いたまま。センターラインが戻り、市街地の最初の信号で止まったとき、友人がやっと口を開きました。
「さっきまで、ごめん。あの待避所があったのも私、全然気づいてなかったのに。ずっと偉そうに言ってた」
私は前を見たまま答えました。
「ほんとだよ」
「もう運転に口出ししないから許して」
友人はいつもの口調に戻って、ダッシュボードを軽く叩きました。出発してから何度も聞いた音なのに、今度は嫌ではありませんでした。
あの待避所で友人が黙った理由を、私はそこでようやく知りました。信号が青に変わり、私はいつも通り十分に車間をあけて走り出しました。今度は助手席から、「遅い」という声は聞こえてきませんでした。
(30代女性・事務職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)


























