
家を出る前にこっそり彼女の香水を借りていた、俺が言えずにいた理由
コラム
コートの襟の内側に、小瓶を一度だけ吹きかけてから家を出る。それが俺の、ささやかな習慣になっていました。玄関の靴箱の上に置いてあるのは、彼女がいちばん気に入っている香水です。本人には、まだ言えずにいました。
彼女の匂いを、持って歩きたかった
仕事が立て込んでいた時期で、気持ちの晴れない日が続いていました。ある日、彼女のつけている香りがふと恋しくなり、ドレッサーの小瓶を玄関へ移したのが始まりです。
襟にひと吹きしておくと、ひとりで取引先へ向かう道でも、隣に彼女がいるような心地がしました。子どもじみた習慣だと、自分でも思います。だからこそ、彼女に切り出すきっかけを、ずっと逃していました。
すれ違いに、気づけないまま
そのころから、彼女の口数が減っていきました。俺はてっきり、余裕のない自分に愛想を尽かしかけているのだと思い込みました。瓶を勝手に動かしたことと彼女の沈黙が、頭の中でつながっていなかったのです。
玄関を出るとき、瓶の位置をいつも少し直していました。声をかけようとしては、疲れを言い訳にして先延ばしにします。香りを借りていることだけは、ますます言い出しづらくなっていきました。
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コートの匂いで、ばれてしまった

























