昇進祝いを楽しみにしていた私に、父が渡したのは角の擦り切れた名刺入れでした

コラム

内側に残っていた紙

持ち帰って自分の名刺を移そうと内側のポケットに指を入れると、奥に1枚だけ紙が残っていました。名刺かと思って引き出すと、クレヨンで描かれた似顔絵でした。大きな眼鏡の、たぶん父の顔。名刺と同じ大きさに切ってあり、4つの角がどれも丸くなっていました。描いた記憶はありませんが、左下のひらがなの署名は、間違いなく子どもの頃の私の字でした。絵を机に置いたまま、私は父に電話をかけました。「名刺入れの中に、紙が入ったままだったよ」。父の返事は短いものでした。「ああ。返さなくていい」。それきり、母に代わってしまいました。

そして...

新しい部署での初めての名刺交換の日、私はあの名刺入れを持って出ました。自分の名刺の一番奥に、あの紙はそのまま入っています。父がどんな気持ちで革を磨いていたのか、本人の口から聞ける日は来ない気がします。それでも、名刺を差し出す手が定まらなくなるたび、角の丸くなった紙のことを思い出すのです。

(20代女性・営業職)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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