目が合うたび「お出かけですか」と声をかけてくる管理人、防災訓練で私が知ったこと

コラム

ポストに入っていたのは、色鉛筆で塗り分けられた手書きの避難経路図でした。差出人の名前はどこにもありません。心当たりは1つ、毎日エントランスを掃いている、あの管理人さんだけでした。

ほうきの音と決まり文句

私は1人暮らしを始めたばかりの会社員で、管理人さんはエントランスの掃除ばかりしている60代くらいの男性です。勤めに出るときも、休みの日に買い物へ出るときも、ほうきの音の向こうから同じ調子で「お出かけですか」と声が飛んできました。はい、とだけ返して足を速める日が続くうち、出かける時間まで覚えられているようで、落ち着かない気持ちが積もっていきました。そのうち私は、エントランスを通らずに済む裏の階段から出入りするようになりました。

掲示板の貼り紙

ある日、掲示板に防災訓練の案内が貼り出されました。その横には、ポストに入っていたものと同じ色使いの、大きな避難経路図が並んでいます。裏の階段ばかり使っている後ろめたさもあって、私は参加することにしました。当日、中庭には消火器の実演を囲む輪ができていて、管理人さんは名簿を片手に立っていました。用事で途中で抜ける住人が出るたび、いつものほうきの向こうと同じ調子で「お出かけですか」と声がかかります。年配のご夫婦にも、子ども連れの家族にも、言葉は1つも変わりませんでした。私にだけ向けられた質問ではなかったのだと、そこで初めて気づきました。

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