敬語は距離を置くための言葉?付き合って3年の彼を連れて行った実家で、父の態度が分からなかった

コラム

帰りの車で「俺、何か失礼なことしたかな」とつぶやいた彼。反対ではないのなら、どうしてあの話し方なのか。電話で問いただした私に、父が返したのは短い答えだけでした。

玄関で頭を下げた彼に、父は短い返事だけを残して、先に廊下の奥へ戻っていきました。来客用のスリッパは、母が慌てて並べたものです。

玄関から最後まで崩れなかった敬語

付き合って3年になる彼を、結婚の挨拶のために実家へ連れてきた日のことでした。

「はじめまして。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「いえ。どうぞ、お上がりください」

食卓でも、父の話し方は変わりません。私の友達が遊びに来たときでさえ砕けた口調で冗談を言う父が、彼にだけは最後まで「です」「ます」。見かねた母が口を開きました。

「どんなお仕事をされてるの?」

彼は任されている設計の仕事を、母にも分かる言葉で説明していきます。

「学生のころ、名前の知れた会社から内定をいただいたんですが、いろいろ考えて、今の会社に決めました」

父は湯のみを手にしたまま聞き、話が終わると1度だけ言いました。

「そうですか」

帰りの車で彼がつぶやいたこと

実家を出て最初の信号で、彼がハンドルを握ったまま言いました。

「俺、何か失礼なことしたかな」

「そんなことないよ」

すぐに返したものの、根拠は何もありません。彼は父の前で1度も言葉を崩さず、聞かれたことに丁寧に答えていました。それでも父は、彼の話に身を乗り出すことがなかった。敬語は、相手と距離を置くための言葉にしか見えませんでした。

信号が変わって車が動き出してからも、彼はしばらく黙って前を見ていました。

「仕事の話、長すぎたかな。もっと短くまとめればよかった」

「ちゃんと伝わってたよ。お母さん、何回もうなずいてたし」

母の話ばかり持ち出していることに気づいて、そこで口を閉じました。父がうなずいていたかどうかは、思い出せなかったからです。

「次に会うときまでに、お父さんの好きなもの、教えてくれる?」

彼はそう言って、少しだけ笑いました。父の好きなもの。すぐには答えが出てこず、「今度聞いておくね」とだけ返します。

助手席で彼の横顔から目をそらし、窓の外ばかり追っていました。

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