
「うちは塾に行かせない主義なの」とママ友に言った私→本当は、階段で座り込んでいた息子の姿を話せなかった
コラム
図書館の窓際の席で問題集を指さしていると、机の横をママ友が通りました。声をかける代わりに、私は顔を上げないまま足音を聞いています。あの言葉の出どころを話せないまま。
すべり台の下で息子たちの笑い声が上がったころ、ママ友がカバンからファイルを取り出しました。挟まっていた申込書には、息子が2年生の冬まで通っていた塾の名前が印刷されています。気づいたときには、いつも用意している返事が口から出ていました。
階段の途中で座り込んでいた息子
息子を塾に入れたのは1年生の春でした。周りの子が次々に通い始め、置いていかれる気がしていたのは、息子ではなく私のほうです。
2年生の冬、迎えに行くと、息子は塾のある建物の階段の途中で、カバンを抱えて座っていました。教室には入っていなかったと、あとで先生から聞かされました。
その日のうちに退塾の連絡をしました。代わりに始めたのが、図書館での勉強です。ノートに手書きの表を貼り、1つ終わるごとに赤い丸をつける。息子が自分から鉛筆を持つようになるまで、2か月かかりました。
ほかのママに塾の話を聞かれるたび、階段の息子を思い出すのが嫌で、いつの間にか答えを1つに決めていました。塾には行かせない主義、と。
自分に言い聞かせてきた言葉
「うちの子、来月から塾に通うことになって」
ママ友から渡された申込書の塾の名前を見て、あの子も通い続けていれば、今頃は。そんな考えを振り払いたくて、口を開きます。
「うちは塾に行かせない主義なの」
「小さいうちから詰め込んでも、嫌いになるだけだと思うよ」
2つ目は、あの冬から何度も自分に言い聞かせてきた言葉でした。そこで終わらせればよかったのに、「3年生から通わせるのって、早い気がしちゃうな」とまで続けていたのです。
「そっか、いろいろだよね」
ママ友はファイルをカバンに戻し、息子さんの名前を呼びました。
帰り道、自分の言葉を順番に思い返して、ようやく気づきました。あれでは、ママ友の決めたことに口を出しただけです。
それから公園で会っても、返ってくるのは会釈だけになりました。けれど階段の話をするのは、自分の失敗を打ち明けることでした。話しかけないまま、日にちだけが過ぎていきました。
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奥の閲覧席に見えた姿




























