2020.05.05

「自立を生み出す」優しさと「依存を生み出す優しさ」の違い

恋人には優しくしたいし、優しくされたい。人間なら普通そう思います。僕だってそう思います。しかし、優しさの方向性を間違えると、依存をし、依存をされてしまうことにもなりかねない、ということを僕たちは知っています。

依存を生む優しさと、依存を生まない優しさの違いってなんでしょう?お互いが自立しあっている人たちの優しさってどんなものなのでしょう?
まず、依存を生んでしまう優しさについて考えてみましょう。例えば、よく見かけるのはダメ男に尽くしてしまう女性。

「眠い、だるい、めんどくさい」という言葉が口癖の彼氏に対して、甲斐甲斐しく色々とお世話してしまう。しかも、そんな女性に限って、仕事ができる女性だったりします。

なぜ彼女たちは、母性本能全開で彼らに尽くしてしまうのでしょうか?それは、彼女たちが「できすぎているが故に誰からも褒められていない」ことに原因があります。

本人はちっとも完璧な人間じゃないと思っているし、だからこそ一層懸命努力をしてきたのだけど、その努力を外に見せていないために、周囲からは「できて当たり前」だと思われてしまう。

もしかしたらこの文章を読んでいるあなたもそんな経験があるかもしれませんね。
そうして無意識下で「誰かに褒めて欲しい」と思っているところへ、ふらりとダメ男が現れる。ダメ男は甘えるのがとても上手なので、面倒見がいいあなたはついつい世話を焼いてしまう。

そうすると言ってもらえるんです。「ありがとう!」って。満面の笑みで。普段は周囲からは一言ももらえていなかった「ありがとう」です。あなたは、それが嬉しくなってしまい、彼に尽くすことで、自分の承認欲求を埋めようとしてしまいます。

そうして「私がいないと彼がダメ人間になってしまう」という口実を見つけて、泥沼にはまっていく。これが共依存と言われる現象を生み出しています。
一方で相手を依存させずに、自立させるような優しさを持っている女性がいるのも事実。

相手がピンチの時には、聖母かとも思うぐらいの最大限の優しさを発揮する一方で、かといって普段の時は特に何も干渉せずに引いている。

この人たちの優しさの正体は前述の女性とは何が違うのでしょうか?その違いは、その優しさに対しての見返りを求めていない、という点にあります。

僕たちはギブアンドテイクが常識だと教わりますが、彼女たちは違います。優しさをギブしっぱなし。テイクを全く期待していないわけです。

尽くしすぎてしまう人は、自分がつくすことで承認欲求を得ています。ですから彼氏が感謝しなくなった時に報われない気持ちになり、優しくすることに虚しさを感じるようになります。
しかし、依存されない優しさには、相手からの報酬がそもそも期待されていません。本人がそうしたいからただただそうしているのです。

さらには、「関わらない方が彼のためになるんだ」というある種の見放す優しさを持ち合わせています。自分が見返りを期待していないから、相手にとっての最善は何かをその都度その都度考えることができるのです。

そういう優しさは、相手を信じているからこそできる優しさなんですね。そして相手も自分はできる人間だと信じてもらえているから、自分でなんとかしようとする。これが自立を生み出すのです。
以上のことを考えてみると、依存を生み出す優しさは、相手に何かしら返して欲しい、という無意識の欲求があることがわかります。

一方で自立を生み出す優しさには見返りの要求がありません。見返りを求めないからこそ、相手を信用しているし、それが見放す勇気にもつながっています。

あなたが普段恋人に与えている優しさは、どちらの優しさでしょうか?
あるいは、あなたが与えてもらっている優しさはどちらの優しさでしょうか。

何れにしても、その優しさを改めた方がいいかもしれません。

ギブアンドテイクの発想がない優しさが本当の優しさなのだとしたら、「与えている、優しくしている」という意識がある時点で既に、本当の優しさとはいえないのかもしれないのですから。(川口美樹/ライター)

(ハウコレ編集部)

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