
毎日同じ質問を繰り返すだけだった私と、若い住人がくれた思いがけない返事
コラム
消火器の実演が終わった片づけの席で、私は初めて決まり文句の裏側を口にします。若い住人から返ってきたのは、覚悟していたような言葉ではありませんでした。住人と交わす言葉の数は、3年経っても増えないままです。
色鉛筆の缶とほうき
定年まで機械相手の仕事をしてきた私にとって、住人と言葉を交わすこの仕事は勝手が違いました。図面を引くのは得意でも、話の続け方が分かりません。前任の方が残した手引きにあった「お出かけですか」という例文だけが、失敗せずに済む言葉でした。エントランスの掃除は仕事でもあり、住人に会うための口実でもありましたが、ほうきを持って立っていても、出てくるのは毎回その1行だけでした。言葉の代わりに経路図を描いて各戸のポストへ配ることで、私は足りない分をごまかしていたのです。
ほうき越しの若い住人
半年ほど前に越してきた若い住人は、最初のうちは会釈を返してくれていました。それが少しずつ短くなり、やがてエントランスを通る姿を見かけない日が増えました。裏の階段を下りる靴音には気づいていましたが、原因が自分の質問にあるのだろうと思うと、確かめるのが怖くて、次の日も私は同じ言葉を繰り返しました。あの人のポストに入れた経路図にも、名前の1つを書き添えられませんでした。
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名簿を抱えたまま

























