「俺だってゴミ出ししてる」と言う夫→その袋を結んでいたのは私でした

コラム

出勤前、夫はシンク下の扉を開けたまま、分別用の箱を眺めていました。「これ、いつ分けてるの?」。その問いに、すぐ答えられなかった理由があります。

玄関のドアが閉まる音で、流しの水を止めました。夫が、ゴミの袋を持って出ていった合図です。持ち手を二重にしばったその袋は、前の日のうちに用意しておいたもの。それを集積所まで運ぶ数十歩が、夫の言う分担でした。

「俺だってゴミ出ししてるだろ」

「俺だってゴミ出ししてるだろ。家事は分担してるよ」

その言葉を初めて聞いたのは、食器を洗い終えたあとでした。次からは洗い物を頼めないかと切り出した私に、夫は袋のことを持ち出したのです。

「そうだね」

そう返して、ふきんで手を拭きました。反論しなかったのは、納得したからではありません。生ゴミの水を切り、瓶のラベルをはがし、袋の口がほどけないように結び直す。そのひとつひとつを、どこから説明すればいいのか分からなかったからです。

夫は、玄関に置いてある袋を持って出るだけ。それ以外の工程に手を出したことはありません。

説明する気力が、先に切れました

それからも、同じ言葉を何度か聞きました。友人の家で夫婦の役割の話になったときも、義母に「よく手伝ってくれるの」と聞かれたときも、夫は迷わずゴミ出しを挙げます。

そのたびに、隣でうなずいてきました。

説明すれば伝わるのかもしれない。でも、どこまで話せば足りるのか。分別のルールから、袋を替える頻度から、全部を並べていくうちに、こちらが細かい人間に見えてくる気がして。

言うのをやめたのは、腹を立てたからというより、面倒になったからです。冷蔵庫に貼った収集日の表を夫が確認することも、資源の日に合わせて瓶をまとめることもありませんでした。

見えていないものを、見えていないと責める気力が、先に切れました。伝わらないことを伝え続けるより、前の日に自分で袋をしばるほうが早い。そう決めてからは、玄関に袋を置くたび、何かをひとつ諦めている自覚もなくなっていきました。

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