
「俺だってゴミ出ししてるだろ」と言っていた俺→集積所で「奥さん、丁寧だわ」と言われた袋の結び目
コラム
集積所から戻った俺は、シンク下の扉を開けました。中にあったのは、俺が見たことのない箱と、ラベルをはがされた瓶。分担だと言い張ってきた言葉の、前段階がそこに並んでいました。
玄関の床に、口をきつくしばった袋が置いてありました。俺はそれを持ち上げ、サンダルをつっかけて集積所へ向かいます。ゴミ出しは俺の係で、それが家事の分担だと本気で思っていました。ところがその日、集積所でかけられた一言から、その前提が少しずつずれていきます。
袋は、いつも玄関に置いてあった
妻に洗い物を頼まれたとき、俺はこう返しました。
「俺だってゴミ出ししてるだろ。家事は分担してるよ」
「そうだね」
妻はふきんで手を拭いて、それ以上は何も言いませんでした。だから話はそこで終わったのだと思っていたのです。
実際、ゴミ出しは欠かしていません。可燃の日も資源の日も、玄関に袋があれば必ず持って出る。重いときも、雨のときも。友人に聞かれれば、家事はゴミ出しを担当していると答えていました。
ただ、あの袋がどうやって玄関に置かれているのか、考えたことはありませんでした。前の日に妻が用意しているのだろう、くらいの認識です。
中身を分ける、口をしばる。そういう作業がそこにあることは知っていても、ゴミ出しの一部として数えたことはなかった。俺の中でゴミ出しは、玄関で始まって集積所で終わるものでした。
むしろ、少し誇らしくすらあったのです。同僚の中には家のことを何もしないと言う奴もいて、その話を聞くたび、俺は違うと思っていました。毎回欠かさず運んでいる。それだけで、分担という言葉を使う資格があると信じていたのです。
「奥さん、丁寧だわ」
集積所には、上の階の奥さんが先に来ていました。何度か顔を合わせたことがある人で、会えばあいさつをする程度の関係です。
「今日は早いのね」
そう言って奥さんは、俺が置いた袋に目をやりました。
「きれいにしばってあるのね。奥さん、丁寧だわ」
「ええ、まあ」
それだけの会話です。奥さんは自分の袋を置いて、じゃあねと戻っていきました。
俺は集積所のネットを直すふりをして、自分の袋をもう一度見ました。持ち手が二重に結んである。確かに、きれいにしばってある。でも、俺は一度もこの袋をしばったことがありません。玄関にあるものを持ち上げただけです。
毎回持っていた俺より、たまたま見た奥さんのほうが、結び目の手間に先に気づいたのです。
戻る道で、数えてみました。袋を持って出るのに、かかっているのはせいぜい3分。じゃあ、この結び目ができるまでに何分かかっているのか。中身を分けるところから数えたら、どこまでさかのぼるのか。答えは出ませんでした。出ないことが、答えのようなものでした。
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見たことのない箱と、はがされたラベル

























