
「昨日の、単語帳?」定時で帰る私に「やる気ある?」と言いかけた先輩が、翌日の給湯室で聞いたこと
コラム
「あのさ、やる気」の続きは聞こえませんでした。それでも駅までの道で、何度もその先を補ってしまう自分がいました。改札の手前で、束は内ポケットへ移しました。
定時の5分前に、その日に書いた付箋を輪ゴムの束に足します。糊の弱くなった1枚は、単語帳の最後のページへ。誰かに見せるためのものではないので、リングが外を向かないように鞄へ入れていました。
覚えきれないから、書いて持ち帰る
入社2年目で、営業事務の課にいます。斜め向かいの席の先輩は、私が入った年からずっと、残って見積を見ている人でした。
勤務中に分からなかった用語や、聞いたけれど1度で覚えられなかった手順は、その場で付箋に書きます。呼び止められた日は、請求の締め日を先輩に確認して、「20日」とだけ答えが返ってきました。それも1枚に書いて、束の一番上に足しました。同じことを2度聞くのが、いちばん申し訳なかったからです。
帰りの電車で束をめくり、家に着いてから単語帳に清書します。並行して、事務の資格の勉強も始めていました。会社で残ってやろうとは思いませんでした。残る時間と、身につく量が同じだとは、どうしても思えなかったからです。
「あのさ、やる気」
締めの週、定時の少し前に鞄を引き寄せたとき、先輩に聞かれました。
「これ、残りどうするの?」
「私の分は終わっています。共有欄にも入れてあります」
先輩は共有欄を開いて、しばらく画面を見ていました。
「お先に失礼します」
そう言って出たあと、電車の中で束をめくる手が、いつもより進みませんでした。
数日後、鞄を肩にかけたところで、呼び止められました。
「ちょっといい?」
「はい」
先輩の顔は笑っていました。冗談の口調で、何か言われるのだと思いました。
「あのさ、やる気」
そこで先輩の視線が下がり、言葉が途切れました。鞄の口が閉まりきっていないのは、自分でも分かっていました。単語帳のリングと付箋の束が、見えていたはずです。続きは聞こえませんでしたが、想像はつきました。
「なんでもない。お疲れさま」
「お疲れさまです」
そう返して、フロアを出ました。駅までの道で、何度も続きを補ってしまいます。やる気、ある?やる気、あるの?補うたびに、歩く速さが上がりました。改札の手前で、束を鞄の内ポケットに移し替えました。見られたことより、見せていなかったことを、初めて意識した帰り道でした。
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翌日の給湯室で

























