「持ち物は教本だけでお願いします」。先生から私に届くのは、いつもこれきりです

コラム

うちの子は続けさせて大丈夫でしょうか、と送った返事は、次のレッスンのあとに届きました。はじめの2行のあとに続いていたのは、うちの子ではなく私の話でした。

発表会の日どりを合わせようと係の2人が貼りつけた先生の連絡は、うちに届いた文より長いものでした。

貼られた文には、その日の様子がついていました

子どもがピアノの教室に通って4年になります。教室からの知らせは、先生と家の人が個別のチャットで受け取る形で、ほかの家あての文を見る機会はありません。私は子どものころから同じ楽器を続けてきましたが、家で私が口を出すと練習そのものが続かなくなるので、教えるのは人にお願いすると決めていました。私のところへ来るのは、日程と月謝と持ち物のことです。係のチャットに貼られたのも日程の知らせでしたが、その終わりに、その日の様子が数行ついていました。「音の粒がそろってきました。しばらくは右手だけ、ゆっくり弾く練習をしています。」

4年分のやりとりをさかのぼって、心当たりを数えました

はじめは、手の回らない回もあるのだろうと思っていました。けれど、もう1人の分にも同じ数行が添えられていました。帰ってから、自分あてのやりとりを上へ送って読み返しました。4年の間に届いた文で、うちの子に触れた行は1つも出てきません。「持ち物は教本だけでお願いします。」のように、用件で終わっています。伝えることが少ない子なのだろうかとも考えました。

けれど迎えに行けば、先生はうちの子を残して指づかいを見てくれています。その文を受け取るのは子どもではなく私ですから、書きにくくさせているのは私のほうだと思いました。曲を決めるときに口を出したこと、月謝の袋を忘れた回。子どもは教室へ行きたがるのに、送り出すたび、私は自分あての文を開いていました。

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