
「誰のおかげ」が口癖だった俺→妻が家事をやめた3日間で、自分の無力さを思い知った話
コラム
「誰のおかげで生活できてると思ってるの?」。この言葉を、俺は何度妻に投げつけてきただろう。その答えを突きつけられたのは、妻が家事をやめたたった3日間のことでした。
「稼いでいる=偉い」という思い込み
結婚当初から、俺の中には「外で稼いでいる自分のほうが上」という意識がありました。妻は専業主婦。家にいるのだから、家事も育児もやって当然。俺が仕事で疲れて帰ってきたら、温かい食事と清潔な部屋が用意されている。それが「普通」だと、本気で思っていたのです。
妻がソファで少し休んでいれば「俺は外で働いてるんだけど」。買い物の相談をされれば「誰のおかげで生活できてると思ってるの?」。自分では軽い冗談のつもりでしたが、冗談で済む言葉ではなかったことに、当時はまったく気づいていませんでした。妻がいつも黙って受け止めてくれることに甘え、言うたびに気分が良くなる自分がいた。今思えば、あれは妻を支配することで自分の価値を確認する、最低な行為でした。
異変に気づくまでの3日間
ある日から、何かが変わり始めていました。ただ、1日目は何も気づきません。それ自体が、俺がどれだけ妻の家事を見ていなかったかを証明しています。
2日目の夜、「俺のシャツどこ?」と聞くと、妻は「洗濯かごにあるんじゃない?」とだけ答えました。洗濯かごを覗くと、俺のシャツは洗われないまま放り込まれていた。妻と子どもの服はいつも通り片付いているのに、俺の分だけが手つかずのままです。違和感はありましたが、それでもまだ事態を理解できていませんでした。
3日目、状況は無視できないレベルになっていました。俺の周りだけが散らかり、洗濯物は溜まり、夕食の席に自分の分がない。ようやく「もしかして怒ってる?」と聞いた俺に、妻はこう言いました。
「怒ってないよ。ただ、『誰のおかげ』の答えを確かめてもらってるだけ」
たった3日、妻の手が止まっただけで、俺の生活は回らなくなっていた。「誰のおかげ」の答えは、とっくに目の前にあったのです。
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そして...
























