
毎日のお弁当を笑った私が、2つの弁当箱の意味を知った昼休み
コラム
もう1つの弁当箱
ある日の残業後、先に帰る彼女の鞄から、お弁当箱が2つ見えました。朝持ってきたのは1つだったはず。不思議に思っていた数日後、別の同僚がぽつりと言いました。「彼女のお母さん、半年前から体調崩してるらしいよ」。
朝作った弁当を、帰りに実家へ届けている。あの弁当箱の中身は、自分のためだけじゃなかった。お母さんへの気持ちも一緒に詰められていた。それを私は「恥ずかしい」と笑ったのです。
そして...
翌日の昼休み、外に出る同僚たちに「今日はいいや」と伝えました。コンビニでおにぎりを2つ買って、彼女のデスクの隣の椅子を引きました。「隣、座っていい?」。彼女は少し驚いた顔をして、小さくうなずいてくれました。
お弁当箱のふたを開ける彼女の横で、おにぎりの包みをほどきながら、唇をぐっと引き結びました。弁当を恥ずかしいと笑った自分が、一番恥ずかしかった。あの弁当箱に詰められていたのは、私がこれまで知らなかった種類の優しさでした。明日は、自分でも何か作ってみようか。不器用な手つきでも、詰められるものがあるかもしれないと思ったのです。
(20代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)



























