
嫁を責め続けた私が、孫の「将来の夢」の作文で気づいた30年越しの間違い
コラム
「子供が寂しがっている」と繰り返してきたのは、本当に孫のためだったのでしょうか。参観日の教室で読まれた作文が、30年間抱えてきたものを揺さぶりました。
あの夜の息子の声
30年前、私も働く母親でした。仕事にやりがいがあって、保育園のお迎えは夫に任せる日のほうが多かった。ある日、息子が布団の中でぽつりと言いました。「今日もママ来なかった」。小さな声でした。泣いてはいなかったけれど、その一言が胸に刺さりました。
翌月、私は仕事を辞めました。息子にもう寂しい思いをさせたくない。その一心でした。それが正しかったのかどうか、30年経った今でもわかりません。ただ、辞めたことを後悔しない理由がほしくて、ずっと「あのとき辞めてよかった」と自分に言い聞かせてきたのです。
嫁に重ねた自分の影
息子が結婚し、孫が生まれ、嫁が仕事に復帰したとき。気づけば「お母さんが働いてると、子供は寂しいのよ」と口にしていました。嫁のためでも孫のためでもなく、過去の自分を正当化するための言葉だったのかもしれません。
ある日、嫁がまっすぐ私の目を見て言いました。「お義母さん、私は子供のそばにいないわけじゃありません」。ハッとさせられました。でも引き下がれず、「あなたにはわからないの。私は経験したから言ってるのよ」と返すのが精一杯でした。
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教壇の上の孫


























