
嫁を責め続けた私が、孫の「将来の夢」の作文で気づいた30年越しの間違い
コラム
教壇の上の孫
参観日、孫が作文を読み始めました。「将来の夢。わたしはママみたいになりたいです。ママはお仕事から帰ってきても、わたしの話をいっぱい聞いてくれます。疲れてても関係ないよって言ってくれます。わたしも関係ないよって言える大人になりたいです」。
視界がにじんで、慌ててハンカチを取り出しました。泣いている理由を、隣にいる嫁や息子に悟られたくありませんでした。あの作文を書いたのは、私が「寂しがっている」と決めつけていた孫でした。
そして...
あの子は寂しくなかったのではなく、寂しさよりもお母さんへの誇りのほうが大きかったのだと思います。30年前の息子も、本当はそうだったのかもしれません。あの夜の「今日もママ来なかった」は事実でも、それが息子の気持ちの全てではなかったのかもしれない。
帰り道、嫁に「いいお母さんね」と言うのが精一杯でした。本当は「ごめんなさい」と言いたかった。けれど声がうまく出ませんでした。私は息子のたった一言を抱えて30年間過ごし、同じ重荷を嫁にまで背負わせようとしていたのです。
(60代女性・主婦)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)



























