
残業ゼロの部下を見下していた俺が、評価会議で気づいた時代遅れな自分
コラム
俺は52歳、ある会社で課長を務めています。これまで企業戦士として深夜まで働き、家庭よりも仕事を優先することで今の役職にたどり着きました。だからこそ、定時で帰る若手の姿には、どこか納得がいかなかったのです。
「定時で帰るやつは出世できない」と若手に言い続けた俺
入社してきた3年前から、彼女は不思議な部下でした。仕事は丁寧。数字も出している。それでも18時きっかりにデスクを片付け、「お先に失礼します」と帰っていく。俺の感覚では、若手というのは先輩より先に帰るものではなかったのです。
すれ違うたびに、俺は彼女に同じ言葉をかけていました。「定時で帰るやつは出世できない」。最初は軽い冗談のつもりでした。気合いを入れてやろう、根性を引き出してやろうという、ある種の親心だと自分では思っていたのです。
けれど彼女は変わりませんでした。3年間、どんなに仕事が多い日でも同じ時間に退社する。俺の言葉は届いていないように見えました。同じ時期に入った同期が深夜まで残って数字を伸ばす中で、彼女だけが時計の針に従って帰っていく。その姿は、俺には甘えに見えていました。
自分が積み上げてきたものへの執着
考えてみれば、俺は深夜まで働くことを誇りにして生きてきた人間でした。20代の頃は朝まで企画書を書き、家には寝に帰るだけ。子どもの参観日にも行けず、妻からは「あなたの居場所は家にあるのよ」と何度も言われてきました。
それでも会社では昇進が続き、課長になった日には「やっと報われた」と感じたものです。あの何百もの夜を否定したくなかった。仕事のために家族や時間を差し出してきた選択が間違っていなかったと、信じ続けたかったのだと思います。
だから定時で帰る部下を素直に評価できなかった。彼女が結果を出していることは、頭ではわかっていました。それでも「数字は悪くない。ただ、姿勢が」と評価シートに書き続けたのは、自分の生き方を裏切りたくなかったからです。今になってようやくそれが言葉にできます。
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評価会議で部長から告げられた一言

























