
海外勤務を強がって報告した私が、幼なじみにだけ送れた本音
コラム
海外で隠し続けた弱音
渡航後の生活は、報告したときに思い描いていたようには進みませんでした。会議の英語を聞き取れず、議事録を書き直す日が続きました。
寮で1人になると、日本の求人を検索することもありました。買い物へ行けば、調味料の表示を訳しながら、地元のスーパーの並びを思い出します。
それでもグループへ載せたのは、休みに撮った街の写真だけでした。周りが弱音を拒んだわけではありません。順調に見られたい私が、見せる内容を選んでいました。
幼なじみにも、海外勤務を決めた自分を後悔しているとは書けませんでした。
そして...
数カ月後、私は幼なじみに通話をかけました。
「実はね、向こうで泣いてばかりだったんだ」
幼なじみは途中で評価も助言もせず、最後まで聞いてくれました。あの日届いた「いつでも帰っておいで」という返信を、私は今もチャットに残しています。
今は、街の写真をグループへ載せる前に、幼なじみへ近況を送ることがあります。うまくいった話だけでなく、会議で聞き取れなかったことも書くようになりました。ただ、ほかの友人へ同じように弱音を見せるには、まだ迷いがあります。
(20代女性・海外勤務の会社員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)




























