
練習のことを書いた行を消してから送っていた私と、面談でうかがった1つの話
コラム
続けさせて大丈夫でしょうかと届いてから、返事の書き出しが決まりませんでした。整った文を出すのをやめたとき、ようやく1通になりました。書けずにきた年月のぶんの長さです。
送信を押す前に、練習のことを書いた行だけを消していました。
あの家へ出す知らせだけ、用件で終わらせてきました
ピアノを教えて数年になります。生徒は子どもがほとんどで、家の方とのやりとりは個別のチャットで1人ずつ行っています。面談の日、あのお母さまはご自身も同じ楽器を長く続けてこられたと話されました。それから、あの家へ出す知らせは「持ち物は教本だけでお願いします。」のような用件だけにしてきました。ほかの家へは「音の粒がそろってきました。しばらくは右手だけ、ゆっくり弾く練習をしています。」のように、その日の様子を数行足しています。
聞くこと自体が、こわかったのです
長くやってきた方が読めば、私の書くことは浅く映るはずだと考えていました。今のやり方でよろしいですかと聞けばよいのに、聞くこと自体が、自分の頼りなさを差し出すように思えたのです。あのお子さんの左手の運びが変わってきたことは、目に入っていました。文にしかけて、送る前に消しました。消した行はどこにも残りませんから、書かなかったことは私しか知りません。日程だけで出せば、間違えようがありません。守っていたのではなく、恥をかかずに済むほうを選んでいました。あのお母さまへ出す文を最後に回すのも、いつのまにか決まりごとになっていました。
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整った文を送るのを、やめました


























