「たった8分じゃん」と言う友人、私が待っていたのは8分だけではありませんでした

コラム

置いていくつもりで走ったのかと聞かれたら、違うと答えます。ただあの日は、いつものように何も言わず次の電車を待つ側に、もう戻れませんでした。

閉まったドアの窓の向こうで、友人はホームに立ったままこちらを見ていました。

待つのは8分では済みませんでした

予約したのは時間指定のコースで、遅れれば出せない料理があると聞いていました。だから前日に「明日は遅れないでね」と伝えました。友人の遅れは初めてではありません。「ごめん、次ので行けば大丈夫でしょ」と言われるたび、私は何も返しませんでした。ただ、友人が数分遅れるたび、私はその時間だけ待っていたわけではありません。乗るつもりだった電車を逃せば、次が来るまでさらに待ちます。それでも友人が数えているのは、いつも自分が遅れた数分だけでした。あの日も、遅れると連絡してきた友人は約束の8分後に来ました。

「また私が合わせるの?」

ホームに上がると、電車のドアが閉まりかけていました。「今なら間に合うって!」と走り出した私に、後ろから「次ので行こうよ」と聞こえました。振り返って、口から出たのは「また私が合わせるの?」でした。またあなたの遅れに合わせて、乗る電車を変えるのか。言った瞬間に、これは今日の8分の話ではないと自分で分かりました。閉まりかけたドアの間をすり抜けて座席に落ち着いてから、私は友人を置いてきたのだと気づきました。車内で「なんで走らなかったの?」「これ逃したら予約時間ギリギリなんだけど」と送り、返ってきたのは「駆け込み乗車したくなかっただけ」、それから「たった8分じゃん。一緒に行ってるんだから待ってくれてもよくない?」でした。「たった」を見て、私は「最初に遅れたのはそっちだよね?」と打ちました。遅れたのは友人でも、閉まりかけた電車に飛び乗ったのは私です。それでも、私が何度も電車を見送ってきたことを知らないまま「たった」と言われたのが、あの瞬間は許せませんでした。

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