
息子の妻にだけ送り続けた長い文を、私は3年、配慮のつもりでおりました
コラム
その場で言えば孫と息子の前で息子の妻に恥をかかせると考え、帰ってから書いていたはずでした。3人の画面に自分の文が並んだとき、私が最初に思ったのは息子の妻のことではありませんでした。
門の前で車が見えなくなるのを待ってから、私は台所の椅子に腰かけ、忘れないうちに書きはじめました。
その場では、笑っていました
息子たちが帰ってくるのは年に3度ほどです。孫が座卓の上に立ち、息子の妻が「座卓は降りようね」と言いかけたので、私は先に手を伸ばして「いいのよ、そんなこと。元気があっていいわねえ」と笑って抱き下ろしました。孫の前で母親が叱る場面をこしらえたくなかったのです。私が結婚したばかりのころ、姑は人の集まっている場で同じことを私に言いました。あの座り心地を、孫と息子に見せたくありませんでした。
だから、息子の妻1人へ書きました
帰ったあとに書くと決めたのは、それが思いやりだと信じていたからです。細かく書けば伝わると思い、文が長いほどこちらの気づかいの量まで伝わるようにも思っていました。返ってくるのは毎回「気をつけます」の1通で、私はそれを届いた証しとして数えていました。あの場面で息子の妻の言葉をさえぎったのは私です。それを文に書いたことはありません。
次のページへ
息子には、書きませんでした




























