
母の手料理を「口に合わない」と返した→妻に差し出されたフライパンの重さが忘れられない
コラム
あの日、食卓に置かれたフライパンの冷たい感触を、今でも覚えています。「口に合わない」。ただ正直に言っただけのつもりでした。
素直に言っただけだった
母が作った肉じゃがを一口食べて、「口に合わない」と言いました。嘘をつくほうが失礼だと、そのときは本気でそう思っていたのです。
実は子どもの頃から、母の料理は少し苦手でした。でも言えないまま実家を出て、一人暮らしを経て結婚して、伝える機会を完全に失っていました。
母は「あら、そう……ごめんね」と小さく呟きましたが、悪気はありませんでした。「別に怒ってるわけじゃないけど」とも言った。本当にそう思っていた。あの瞬間の自分は、間違ったことをしている自覚がまるでありませんでした。
フライパンの前で
妻がキッチンからフライパンを持ってきて、目の前に置きました。
「じゃあ自分で作れば。私もお義母さんも、あなたのために台所に立ってるの。文句は自分で作ってから言って」。
なだめる母の横で自分を見る妻の目はまっすぐで、怒りというより、覚悟のようなものが見えました。母の前で恥をかかされた、と最初は思いました。
でも同時に、何も言い返せない自分がいたのです。考えてみれば、自分は料理をしたことがほとんどありません。作ってもらうのが当たり前の顔で、味にだけ注文をつけていたのです。
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母の手
























