
妻が一人で病院へ通っていた2ヶ月間、俺は正月の計画だけ立てていた
コラム
妻の姉から届いた一通のメッセージで、俺は自分が何も見えていなかったことを知りました。
去年も、一昨年もそうだった
11月の終わり、夕飯の後に言いました。「正月は俺の実家だけでいい。今年も向こうに泊まろうと思う」。妻は「そうだね」と返してくれた。去年も一昨年もそうしてきた。妻が同意しているなら問題ないと、それ以上は何も考えませんでした。
振り返れば、妻の実家のことをほとんど自分から聞いたことがなかった気がします。悪い関係ではないはずなのに、向こうから声がかかることも少なくて、なんとなく毎年俺の実家が優先になっていた。妻が嫌だと言わないから、それでいいと決め込んでいました。
間違えて届いたひと言
12月に入ったころ、妻の姉から俺のメッセージに短い文が届きました。「お見舞いの日、一緒に行けそう?」。すぐに「ごめん、間違えた」という訂正も来ましたが、その数文字が頭から離れませんでした。お見舞い、誰のところへ。
妻のところへ行き、「これ、俺に来たけど…お母さん、入院してたの?」と聞きました。しばらく間があって、妻は「ごめん、言えなかった」と言いました。目頭が赤くなっていくのを見ながら、俺は何も言葉が出なかった。
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俺が知らなかった2ヶ月

























