
彼女の化粧品を洗面台の奥に移した僕が、その日言えずにいた本当の理由
コラム
水がかかるから、ものが落ちるから。彼女に告げた理由は、本当のことです。でも僕には、まだ打ち明けられていない、もうひとつの理由がありました。
洗面台の棚を片付けながら、僕は奥のスペースを丁寧に拭いていました。彼女の化粧品を、いちばん安全な奥へ移すためです。僕のものはどこに置いても構いません、守りたかったのは彼女のものでした。ただ、その気持ちをうまく言葉にできないのが僕の悪いところなのです。
倒れた化粧水のボトル
洗面台に彼女の化粧品が並ぶようになって、僕はそれを見るのがひそかに好きでした。ふたりの暮らしが、少しずつ形になっていく気がしたからです。けれどある日、手前に置いていた彼女のお気に入りの化粧水が倒れて、中身が少しこぼれていました。狭い洗面台で、僕の手やタオルが当たってしまったのだと思います。買い直せばいい、では済まない。彼女が大切にしているものだからこそ、二度と同じことが起きないようにしたい。そう考えて、僕は棚の中を見直すことにしました。
いちばん奥に、彼女の居場所を
本当のことを言えば、僕には前から考えていたことがありました。彼女に、ここで一緒に暮らさないかと、ちゃんと伝えるつもりだったのです。そのためにまず、彼女のものに定位置を作りたかった。手前は水はねもあるし、ものも落ちやすい。いちばん奥の、いちばん守られた場所こそ、彼女の大事なものを置くのにふさわしいと思いました。奥の棚を拭いて、小さなトレーを敷いて、彼女の化粧品をそっと並べ直す。それは僕にとって、ふたりの暮らしの準備の、最初の一歩でした。
次のページへ
言いそびれた、本当の理由























