
「わかった」しか返せない私が、娘の帰省の前日から仕込んでいたもの
コラム
冷蔵庫に貼った紙には、娘の言葉が少しずつ増えていきました。駅のロータリーで娘を待つ間、私は何度も時計を見ました。
娘に宛てた長い返事を消して、私はまた「わかった」とだけ打ち直しました。
長い返事は、いつも途中で消えました
娘が家を出てから、やりとりはメッセージだけになりました。近況が届くたび、私は返事を書き始めます。体は大丈夫か、無理はしていないか。書いているうちに説教じみてきて、読み返すたびに押しつけがましく思えました。送って呆れられるのが怖くて、削っていくうちに、最後に残るのはいつも「わかった」だけでした。
娘の言葉を、紙に書き写した
連休の前、娘から文面が届きました。
「今度の連休、そっちに帰るね。駅まで迎えに来てほしいな。あと、おでんが食べたい」
返せない代わりに、私は届いた言葉を冷蔵庫の紙に書き写すようになりました。
「おでん、駅まで、のどの調子」
字にしておけば、忘れずに済みます。何度も読み返しました。それでも返した文字は、やはり「わかった」でした。
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駅のロータリーで


























