
「このほうが似合っていますよ」と言い切った俺→切り落としたのは前髪ではなく、積み上げた信頼だった
コラム
彼女は前髪を切らないでほしいと2度伝えていました。それでも切る前の俺は、仕上がりを見せれば納得してもらえると信じて疑いませんでした。
予約表をめくっても、指名を続けてくれていた彼女の名前は、もうどこにもありませんでした。
自分の判断に自信があった
似合う髪型を提案できることが、美容師としての自分の強みだと思ってきました。指名が増えるほどその意識は強くなり、注文を少し変えても仕上がりがよければ許される、と考えるようになっていました。その日来店した彼女は、前髪は伸ばしている途中だから切らないでほしいと、席に着いてすぐに伝えてきました。カットの前にも、もう一度念を押されました。それでも俺の目には、伸びた前髪が顔にかかり、全体が重たく見えていました。
切らないでと言われたのに
後ろを切り終えて、俺は前髪を持ち上げました。「前髪は切らないでください」と重ねて言われましたが、「長さは変えず、形だけ整えます」と返して、ハサミを入れました。形をそろえるうちに眉の上まで短くなり、途中で止めれば左右が合わないため、反対側も切りました。「今、切りましたよね」と聞かれても、謝りませんでした。「ほんの少しですよ。こっちのほうが顔が明るく見えます」。そう言い切った俺は、後ろも頼まれた毛先より短くしていました。結んだときにどうなるかまで、考えていませんでした。
次のページへ
注文は明確だった























