彼女の旅行メモにあった懐かしい店→「全部行こう」と言った俺が、昔の話を黙っていた理由

コラム

彼女が見せてくれた旅行メモの一番上には、俺が昔から知っている店の名前がありました。それでも何も言わず「全部行こう」と答えたのには、理由がありました。

電車に乗るたび窓の外を見ていた俺は、隣で話す彼女への返事が何度か遅れていました。

行きたい店のメモに、知っている名前があった

彼女が旅行先を選び、行きたい店を並べたメモを見せてくれたとき、俺は「全部行こう」と答えました。その一番上にあったのが、赤いひさしのたこ焼き屋でした。

小学2年の春に引っ越すまで、俺はその店の近くのアパートに住んでいました。父と並んだ列の長さまで覚えている店です。それでも言わなかったのは、「昔この辺に住んでた」と話せば、彼女ならきっと「じゃあ行きたいところある?」と聞いて、予定を変えると思ったからです。初めて2人で行く旅行なのだから、彼女が選んだ場所を、そのまま一緒に回りたかった。俺の昔の話を、わざわざ旅行中に出さなくてもいいと思っていました。

窓の外に残っていたもの

けれど、電車に乗るたび、聞き覚えのある駅名が見えました。窓の外を見ていると、忘れていた景色が少しずつ戻ってきます。昔住んでいたアパートの最寄りだった駅に近づいたとき、建物はもうなく、記憶にあった場所にはコインパーキングの看板が立っていました。隣には彼女がいましたが、その場では言えませんでした。今ここで話せば、このあと予定している店まで俺の昔話につなげてしまいそうな気がしたからです。

たこ焼き屋に着くと、店の前には列ができていました。俺が並んでいる間、彼女は「ちょっと見てくる」と角の先へ歩いていきました。戻ってきた彼女とたこ焼きを食べ、そのあとは予定どおり店を回りました。

帰りの新幹線を降りた駅で解散し、自分の部屋に戻ると、彼女から12枚の写真が届いていました。うまい返事が浮かばず、スタンプだけを押しました。続けて「旅行、楽しくなかった?」と来て、俺は「実は」と打ちかけました。けれど、旅行中ずっと言えなかったことを、帰った途端に打ち明けるのも違う気がして消しました。結局、「楽しかったよ。ありがとう」とだけ送りました。

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