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「両親そろってないと子供がかわいそう」と信じていた私→参観日のあの一言で自分の愚かさを知った

コラム

参観日の朝

参観日の日、私はいつものようにママ友たちと教室の前のほうに座りました。少し遅れて彼女が入ってきたとき、私はつい隣のママに耳打ちしてしまいました。

「珍しいね、来られたんだ」

自分でもいやな人間だと思います。でも、もうそれが癖のようになっていたのです。

そして…

プログラムの最後、子どもたちが「おうちの人へのメッセージ」を発表する時間になりました。

うちの子は「ママいつもありがとう」と短く言って照れくさそうに戻ってきました。可愛いな、と思いながら見ていました。

そして息子くんの番。あの子はまっすぐ見て、大きな声でこう言いました。

「ぼくのママは、せかいでいちばんがんばりやさんです」

教室がシンと静まりました。

「ママはおしごともして、ごはんもつくって、いっぱいあそんでくれます。ぼくがないてたら、ぎゅってして"だいじょうぶだよ"って言ってくれます」

そして、満面の笑顔でこう言ったのです。

「ぼくはママのこどもで、いちばんしあわせです!」

「かわいそう」なんかじゃなかった。あの子は、こんなにも満たされていた。 私が「足りない」と決めつけていた家庭で、あの子はちゃんと愛されて、まっすぐ育っていた。

そして気づいてしまいました。うちの子は、あんなふうに私のことを話してくれるだろうか。私は毎日、あの子にどれだけ向き合えているだろうか。習い事の送迎や塾の成績ばかり気にして、ただ「ぎゅっとして大丈夫だよ」と言ってあげたことが、最近あっただろうか。

周りのママたちが目を潤ませているなか、私はうつむくことしかできませんでした。

帰り道、一人のママが「今まで何も言えなくてごめんね」と声をかけていました。その言葉は、本当は私が言わなければいけないものでした。

あの日から、何か言いたくなるたびに、息子くんの声が頭に響きます。「ぼくはママのこどもで、いちばんしあわせです」——私が「かわいそう」と呼んでいた子の、あの誇らしそうな顔が。

いつか、ちゃんと謝れる自分になりたい。まずは自分の家庭を、自分の子供をちゃんと見つめ直すことから始めようと思います。

(20代女性・主婦)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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