
自分が一番嫌いだった義母の言葉を、娘の彼を前にした私はなぜ口にしてしまったのか
コラム
30年前、義母に「住む世界が違う」と拒まれた私が、娘の彼にまったく同じ言葉を向けてしまった夜のこと。なぜ口にしたのか、自分でもわかりませんでした。
私は地方出身の会社員で、妻と結婚して30年になります。30年前、妻の母から「うちとは住む世界が違うから」と告げられたあの夜のことを、私はとうに乗り越えたつもりでいました。けれど娘が彼を連れてきた秋の夜、その傷がまだ少しも癒えていなかったことを、思いがけない形で思い知ったのです。
玄関の物音に、30年前の客間がよみがえった
玄関のほうから妻の明るい声と、若い男の遠慮がちな挨拶が聞こえてきました。リビングのソファに座ったまま、私はその声に耳を澄ませていました。彼がリビングに通され、私の前で深々と頭を下げ、和菓子の包みを差し出した瞬間、自分の中で30年前の何かが目を覚ましました。
地方の工業高校を出て町工場で旋盤を回していた私と、大学を出て商社に勤める家のひとり娘だった妻。30年前、妻の実家の客間で、私もまったく同じように手土産を差し出していたからです。
彼の真面目さも礼儀正しさも、私には十分に伝わっていました。それなのに、頭のどこかで「学歴は」「勤め先は」と値踏みしている自分がいたのです。30年前、義母が私にしたのと、まったく同じ目線で。
止められなかった、自分でも一番嫌いだった一言
食事のあと、彼がトイレに立った隙に、私はとうとう口にしてしまいました。「うちとは住む世界が違うから」。低く押し殺した声でした。言ってしまった直後、それが30年前の義母の言葉そのものだと気づきました。
「それってどういう意味?」と聞き返した娘の顔は、あの日の私とそっくりだったと思います。私はお茶を一口すすって、それきり何も言えませんでした。たった今自分が娘に向けた言葉を、誰よりも自分自身が一番嫌っていたからです。
次のページへ
「わからなくていい」しか言えなかった理由
























