
30年前、名付けの権利を奪われた私が、気づけば同じことを繰り返していた
コラム
孫の誕生を誰よりも楽しみにしていました。名前の候補を考える時間は、この上なく幸せだったのです。けれど息子が差し出した一枚の紙を見たとき、30年分の記憶が一気によみがえりました。
奪われた名前
30年前、息子を身ごもったとき、私にはずっと温めていた名前がありました。初めての子ども。お腹に手を当てながら、何度もその名前を呼びました。けれど出産直後、義母が病室に来てこう言ったのです。「この家の長男の名前は、私が決めることになっている」。夫は何も言いませんでした。結局、息子には義母が選んだ名前がつきました。私が考えていた名前は、誰にも告げないまま、心の奥にしまい込んだのです。
今度こそ、という気持ち
息子夫婦の妊娠を知ったとき、胸の奥でぱっと火が灯りました。今度こそ、名前を贈りたい。30年間封じ込めていた想いが、堰を切ったようにあふれました。「孫の名前は私が決める」。口にしたとき、少しだけ胸がちくりとしました。お嫁さんが「自分たちでも考えていて」と言ったのは聞こえていました。息子が「聞くだけ聞いてあげなよ」と返したのも知っています。でも止まれなかった。画数を調べ、候補を書き出し、筆ペンで清書する時間だけが、あの日奪われたものを埋めてくれる気がしたのです。
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息子が差し出した紙

























