
「今さら大学なんて」と妻を笑った俺が、4年後の卒業式の朝に残した茶封筒
コラム
妻が風呂に入っている間に開いたテキストは、俺には内容をほとんど理解できませんでした。書いては丸める付箋を前に、俺は4年分の言葉を選び続けました。
妻がまだ起きてこないうちに、俺は机に茶封筒を置いて家を出ました。
半分は自分に向けた言葉
4年前、妻が食卓に広げたのは、大学の募集要項でした。目を落とした俺は、「今さら大学なんて」と笑ってしまいました。あの言葉の半分は、妻ではなく自分に向いていました。俺は18で進学をやめて働くと決めた人間で、願書というものを書いたことが一度もありませんでした。同い年の妻が当たり前の顔で次を目指すのを見て、気持ちより先に、あの笑いがこぼれました。だからといって、言っていい言葉ではありませんでした。俺は訂正もしないまま、テレビの野球中継に視線を逃がしました。
背中に返された一言
妻は宣言どおり、台所のテーブルで勉強を続けました。俺は手伝いもせず、テレビの音量も下げませんでした。妻が風呂に入っている間、置かれたままのテキストを開いてみたことがありました。どのページも専門用語が多く、俺には内容を理解できませんでした。読めないとわかってから、あの席は前より遠くなりました。しばらくして、勉強中の妻の後ろに立ちました。なにを言うかも決めないまま、手元のテキストを眺めていました。背中越しに返ってきたのは「あなたには、どうせわからない」。俺は黙って引き返しました。謝るなら、18の春の話からしなければならない。それが怖くて、俺は仏頂面で自分をごまかしました。
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書き損じた付箋の束

























